「千年女優」2001
本作が文化庁メディア芸術祭アニメ部門大賞を「千と千尋の神隠し」と分け合った事実は、一般には殆ど知られていません。旬を過ぎた大御所の作品が持て囃される中でも、次代の才能はきっちり台頭しているものです。
事実「千と千尋・・・」のディティールの記憶はボケてしまいましたが、本作の画面の印象は鮮烈に焼きついています。どちらも“千”をモチーフとした偶然も楽しいですが・・・。今年「パプリカ」を公開した俊英監督:今敏(こんさとし)と高品質のアニメスタジオ:マッドハウスがその名声を確立したのが本作。
画像はすべて (C)「千年女優」製作委員会
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16歳でデビューし日本映画全盛期をトップ女優として生き抜いた藤原千代子。30年前に突如引退し人知れず隠遁生活を送る年老いた彼女を、かつて熱烈なファンであった記者立花が訪ねる。千代子の半生を振り返るインタビューの過程で、立花は彼女が演じた数々の映画の場面を“若き日の千代子”と共に追体験しながら、彼女の心情を追いかけていく。
時代が戦争に向かう16歳の冬、千代子は特高に追われる青年と出会う。一瞬の出会いでも彼女には運命だった。青年が満州に渡ったという話を聞いた彼女は彼を追うために女優になった。時は日中戦争から第二次大戦へと進み、敗戦から戦後復興の激動期へ。時代に翻弄されながらも日本映画は黄金時代を迎え、千代子は数々の名画名作を演じながら、あの青年との再会を希求し続ける。様々なヒロインと同化しながら千代子は何処へ向かうのか・・・。
あらすじを読めばおわかりの通り本作のヒロインは、田中絹代・原節子・高峰秀子の映画的記憶を渾然一体とさせたもの。邦画黄金期の彼女達を見つめ続けた観客なら誰もが共感できるモチーフの作品です。なにしろ、本作の描写の大半は、ヒロイン:千代子が演じ続けた映画のクライマックスをコラージュする形で展開するのです。その絢爛たるイメージの羅列は、その映画の役柄の心情と千代子の実人生の心情を常に重ね合わせながら、まさに虚実皮膜の駆け引きを繰り返しながら、ヒロインの物語を浮き彫りにしていくのです。
本作を観たとき私は、「あぁ何と映画が好きで、何と頭の良い監督なのだろう」と深く頷いた記憶があります。往年の映画女優と名画へのオマージュを全開しながらも、知的で冷静な語り口を見失わない。時空を超え、空想と事実を自由自在に混在させながら、89分というコンパクトな上映時間の中でテーマをまとめきるプロの力量。素直に脱帽。
そしてなによりも、絵の美しさ・上手さが素晴らしい。事実上の今監督のデビュー作「パーフェクト・ブルー」は製作条件の悪さもあって決して満足できる作画レベルではありませんでしたが、本作はもう見事な出来栄え。マッドハウスのクオリティの高い仕事振りと相まって、現在最高峰のアニメーション画面を堪能できます。
実写に近づくほどの画面内情報量を持ちながら、あくまで“絵”としての美しさ・面白さを失わない。本作も実写でやればよいのではと一瞬思わせながら、観ているうちに実写では到底不可能であることが否応もなくわかってしまう。まさに“アニメーションならでは”の醍醐味がここにあります。その映像クオリティの見事さは、「東京ゴッドファーザーズ」2003「パプリカ」2007でも十二分に継承され進化しています。
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今監督はほぼ私と同世代(ちょっと若い)。アニメ作家にありがちな「アニメだけが好き」という閉じた指向性でなく、古今東西の映画の美と語り口をプロフェッショナルとしての引き出しとして多様に蓄積されています。その審美眼と節度ある知的な態度には深く共鳴します。もの心ついたときからメディア芸術とその商品文化に囲まれて育った私たち以降の世代にとって、こうしたスタンスとスタイルこそが標準なのです。
この夏キネ旬から刊行されたムック内の監督インタビューに以下のコメントがあってひどく共感しました。
「・・・(業界の)若い子はまず映画を観ない。映画も観なきゃ本も読まない人が大半です。それで、演出家だのシナリオライターになりたい、って、もう笑止千万ですよ。自分の引き出しの中身を増やしもしないで、『いつか羽ばたく日』を夢想しているんだから世話ないです(笑)。引き出しの中身は、それまで見てきた作品の数に素直に比例するから、数を観てないとまずアイディアを出せない。(中略)・・・情報がたくさんあったところで、必要な情報を選ぶ能力は養ってないし、どれが面白いかを選別する目が養われていない。目の前にある仕事が忙しいんだろうけど、せめて己の無能くらいは自覚してほしい人たちがたくさんいます(笑)」
せめてクリエイティブを手がけたい者にとって大事なコメントだと思います。
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