「ダークナイト」2008
アメコミには肌が合わず、もともとバットマンの物語には接点がありません。幼い頃に放映されてたアニメも、ティム・バートンがマニアックに創作したバージョンも縁がありません。前作「バットマン・ビギンズ」2005すら見落としている自分に本作を云々する資格はない。しかし本作の価値はわかります。
米国で最もポピュラーなコミックヒーロー。コミカルにもできるし大衆受けするアクション娯楽作にもできる。しかし、若きクリストファー・ノーランはシリアスでハードな物語の中にアクションを詰め込み、思いのたけを映像化しました。150分を超える上映時間のラストに至っては救いも少なく、大ヒットなぞ捨てたのかと思えば、これがバットマン映画史上最高の興行成績を打ち立てた。何事も先入観で見切ってはいけない、ということの証明。
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ヒットの功績の多くを、故ヒース・レンジャーが背負って鬼籍に入ったことは誰もが認めること。かつてジャック・ニコルスンが演じそれなりの高評価を確立したキャラ。それに挑戦し事実上凌駕した彼の怪演が、本作の概念を誰もが観て感じられる具象に転換したのです。
ジョーカーが体現するのは単純明快な悪意。善や正義や良心への躊躇も、生命への執着もない。金銭に頓着せずあらゆる取引は通用しない。その上高度な知略と暴力の実行力を持ち、バットマンを追い込んでいく純粋存在。これは現代における“堕天使”ではないか? ゴッサムの市民は彼に試されるのだ。「ダークナイト」には単純で力強いテーマの構図が下敷きにあるからこそ、ヒースの怪演もアクション・スペクタクルも浮くことなく見事な作品世界を構築してくれる。見応えがある訳だ。
- 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
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この世に自分ひとりしか存在しなければ、正義と善を貫くことはさほど難しいことではない。しかし人のコミュニティというものが成立し、市民社会が構成され、民主主義という(ベストでなくともベターな)システムを採用する中では、これがいかに難しいことか。私たちはバットマンの傷つく姿を通してそれを噛みしめる。デントの2面性はマンガチックな描写ですが、照射するものは鋭利です。正義と悪に引き裂かれた彼を救済しきることはできず、ゴッサム・シティの人々のわずかばかりの良心を糧に、ウェインは多大な犠牲を自らに強いる。バットマンは悪に堕す事は拒否したが、その代償に大きな影を背負わねばならない。正義にはコストが必要なのだというこの世の厳しさ。それを描いたヒーロー映画を観ることは稀ですが、「ダークナイト」はそれに値する名作でした。