小説「DIVE!!」の人生の肯定感に酔う! 面白い!

先日も書いた森絵都の小説「DIVE!!」。

講談社から出ていた全4巻の単行本で既読の方々や、この素敵な直木賞作家の愛読者の方々にとって、このページの文章は何の意味も持ちません。
最近まで知らなかった私が恥ずかしい。 こんなにも面白い書き手が同時代に存在していたことを。

DIVE!! 上 (角川文庫)

DIVE!! 上 (角川文庫)


ストーリーは至ってシンプル。
高飛込みという世間的にはマイナーな競技の世界を舞台に、純粋で才能に恵まれた少年たちがそれぞれの高みを目指し、オリンピック出場に向けて競い合う成長物語です。


「DIVE!!」という一冊は掛け値なしに「読む快感」を、しかも最高級のものを渡してくれる。それもいい・・・・・だけど、わたしだって一応、書き手だ。このままじゃ悔しいじゃない。せめて、もう一歩分け入りたいじゃないか。この魅力、魔力はなんなのだと。(文庫本上巻 あさのあつこ氏による解説より)


いわゆる青春スポーツ小説。 しかも登場人物は皆スポーツエリートで、どうしようもない人間の弱さや醜さの淵に澱むようなことは微塵もない。
凡庸な作家が扱えば、人間のごく上っ面だけを撫でたような、薄っぺらなお話で終わってしまうはず。

でも、この「読む快感」を通して飛び込んでくるのは、人間の精神の面白さ、美しさ、輝きと儚さのキラメキの数々。 徹底して通俗的で娯楽に満ちた描写の中に、人間が生きていく上で大切にしておきたい “美しく良き心のありよう” が、一片の嫌味もなく盛り込まれています。

人間とは、素敵で強く美しく、そしてしなやかに生きられる存在。 そんな“人生の肯定感”に溢れたドラマを読む快感。 その徹底した潔さ、豊潤さに酔わされます。


この群像劇の主人公らの年齢はもう随分遠いものになり、人生の否定的側面も多少は知った私ですが、各章に埋め込まれた“読ませどころ”のピュアな感動に目頭が熱くなり続けでした。


具体的には・・・。いや、それはまず読んでいただくしかありません。


この物語の主要なキャラクターは3人ですが、作者がその脇の多様な登場人物の人生にも誠実に愛情を注いで描いていることに、唸らされます。

例えば、物語のクライマックスである競技会のシーン。第4部第8章。
主人公たちのいわゆるライバルキャラで、それまで台詞もなかった高校生“ピンキー(キャメル)山田”が、飛び込み台に向かう場面で初めて主人公のひとりに絡み、声をかけます。


「おまえが階段を上がらないなら、おれも上がらない。ノープロブレムだ。たぶん沖津も坂井も丸山も、おまえをぬいては上らないだろうよ」


この台詞に私は落涙しました。

ただの状況設定上の脇キャラクターだと思っていた人物までもが、きっちりと“浪花節(よい意味)”を謳いあげてくるのです。完全に意表をつかれました。嬉しい不意打ち。
作者は、ベタな展開に陥る罠を軽やかにかわしながら、読者の感性の急所を撃ち抜き続けるのです。

この小説はどこを輪切りにしても、こんな感動のしずくが噴き出してくるのでした。

DIVE!! 下 (角川文庫)

DIVE!! 下 (角川文庫)


映画が好きな私ですが、この小説は小説のままで在り続けてほしい。
ここにテンコ盛りされている感動の質は、小説という表現形態でこそ実現可能なものに思えます。



小学校も3年くらいになれば、人生には光と闇があることくらいわかります。
どうしようもないと途方にくれて吐き捨てるような事が一杯あって、そんなことばかりに時間と神経を使うものだと思い知らされる。この世がそれらで満ちていることは、余程鈍感でなければすぐに気づくことです。


でも、だからこそ、人間は光を見たいと強く願います。
思春期とか青春期とかにめぐり合える光は、最も強く柔らかに感じられる輝きで、それをつかむ事で“人生を肯定する感覚”を心と身体に刻むことができるのだと思います。
この肯定感を腹の底に据えていればこそ、これから前向きに生きていく希望も見つけられるのです。


闇を見せて人生の真実を語ることはある意味容易です。
この小説に感動するのは、光を見つめることで“人生の肯定感”を抉り出すスタンスがあるからです。

どうか多くの、特に10代の方々が、この小説を体験されることを願います。