「歓びを歌にのせて」 : ルネッサンスの“童話”
スウェーデンの映画を観る機会など殆どありませんが、この映画は誰でも面白く観ることができる感動作です。お薦めします。
名を遂げた音楽家が病のため故郷の村に帰り、そこの聖歌隊を指導することになる。 主人公と聖歌隊をはじめとする村の面々が相互に影響しあい、それぞれの生き方を変えていく。
ストーリーは至ってシンプルです。
展開の意外性で惹きつけるものではないので、積み重ねられるエピソードの共感性や人間洞察の深みが持ち味になります。
そして、この映画はとても良い味わいでした。
甘くてコクがありながら、ちゃんと苦味も加えてある口当たりのよいお酒のような感じです。大人のための童話です。
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モチーフが音楽ですから、きっと“素人の村人が主人公の指導によって意外な上達を遂げていく面白さ”が描かれるかと思うと、その辺は実に淡白。 何せ主人公がいなくても、この村の人たちは結構音楽性が豊かだったりします。
この映画の醍醐味はそういうところにはないのです。
ラストのクライマックスでも、彼らの歌声は定番とはちょっと違った聴かせ方です。それでいてしっかり感動させてくれます。
登場人物たちが主人公と共に練習を繰り返すうちに、それぞれの内面を表出し、人生に対する姿勢を微妙に変えていく。そのエピソードが重層していく面白さに主眼が置かれています。
しかもそれらはリアリズムで押すのではなく、象徴的で柔らかな描写を幾重にも重ねていく形で、印象を残していきます。
作者が描きたかったのはきっと、“現代における人間性の再生”なのでしょう。
それは物語の底流にある“性(セックス)”の尊重と、力関係に基づく“暴力(いじめ・DV含む)”の完全否定に顕著です。
つまり、近代以降抑圧されてきた人間の本質的な“性(さが)”を、原始的な暴力世界に戻ることなく、現代の世の中に開放していきませんか? という理想社会への提案が込められていると思います。
その理想の実現とは例えば、生きている時間を共有するものたちが、手をつなぎながら音楽を奏でる瞬間のようなものではないでしょうか? というメッセージです。
ですから私は、この映画を極めて良質な、一種の大人のための童話と受け止めました。
鮮烈な印象を残すのが映画中盤、DVに怯える妻が独唱に取り組むエピソード。 その独唱のシーン、 ヘレン・ヒョホルム のソロは圧巻です。鳥肌が立ちます。
それと、主人公の回復と再生を促進するヒロイン、フリーダ・ハルグレンの健康的なセクシュアリティが素晴らしい。現実世界におけるひとつの天使像です。とても素敵な存在感でした。
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いずれにせよ、とても質の高い映画です。しかも難しくない。面白く観られます。
ミニシアター系という枠に押し込めることなく、もっと広く宣伝公開してもいい娯楽作品だと思います。