「ガス人間第一号」1960

kaoru11072006-12-05

46年前の特撮映画。子ども騙しと言わば言え。
それでもこの作品にある独特の美しさと悲しさは、なかなかそこらには転がっていない貴重な味わいです。


円谷英二特技監督がいたればこそ、私は映画好きになれたのです。だから本作は必見の一本であったにもかかわらず、今日まで観る機会がなかったのです。何という勿体無さ。

DVDで観ましたが大変綺麗な映像。これだけの年数が経過しているのに色調が見事に鮮やかです。画質の劣化を感じさせません。美しい衣装も十分に堪能できます。


物語は荒唐無稽なホラ話です。でも、そこを少しだけ我慢していただきたい。


都内で同一犯と思われる銀行強盗殺人が続発。被害額も大きいが密室の犯行が謎を深める。警視庁刑事・岡本(三橋達也)は、日本舞踊の若き家元・藤千代(八千草薫)を疑う。犯行経路との接点もあり、傾いた春日流再興の公演のため多額の資金を要していたからだ。
やがて藤千代宅から盗難紙幣が発見され警察は彼女を拘束。後援者の寄付金だと潔白を主張する藤千代だが警察は追及を弛めない。膠着状態の中、水野という男(土屋嘉男)が真犯人と名乗り出る。盗んだ金を寄付したのは自分と、藤千代の釈放を主張した。
疑う警察の眼前で水野は犯行を再現。彼は肉体を気体化する怪物的能力を持っていた! 密室犯行の謎解きと藤千代の無実証明を果たしガス状になって逃走する水野。岡本の銃弾も無力。彼は愛する女のために奇想天外な能力を使用するのだ。
脅威のガス人間を岡本は撃滅できるのか? ガス人間水野の数奇の運命は? 怪物の想いに藤千代はどう応える? 運命のピリオドに向かって、今、藤千代悲願の舞台の幕が上がる…。


決してリアリズムではないけれど、登場人物たちの背負った事情と想いが絡み合い、不思議な悲劇が展開されます。荒唐無稽な設定ではありますが、特撮映像はギリギリの節度をもって“ガス人間”の説得力を醸し出します。
ローテクではありますが、ビルの壁面を張り付くように登る煙は、まるで“生きているかのよう”です。何でも映像化可能になったとはいえCG映像の多くがいかに平板なものかに気づかされます。


しかしそういう特殊技術はこの作品の舞台設定でしかありません。本筋はあくまでフィルム・ノワールの味わいにこそあります。

ガス人間第1号 [DVD]

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そうです。この映画は、踊りの美と流派再興に賭けた若く美しき家元の野心と、そんな愛する女への献身にこそ怪物となった我が身を使いたいと願う男との、狂気に彩られた悲恋物語なのです。

孤高のヒロインを演じた、若き日の八千草薫の凛とした美しさ!
この藤千代というキャラクターは、モンスター映画にありがちな陳腐でステロタイプな女の子台詞は一切吐きません。自らの美の実現のためには犯罪もモンスターの愛も使ってみせるというハードボイルドな信念の持ち主なのです。彼女だけでも見る価値がある映画です。

さらに、黒澤明映画の常連として油の乗っていた時期の、三橋達也と土屋嘉男が彼女を軸に向き合う構図。何と贅沢なモンスター映画なのでしょう。


クライマックスは藤千代の踊りのステージ。その会場はヒロインの悲願達成の場であり、ガス人間撃滅作戦のラストチャンスの場でもあります。そこで最後にヒロインがとった行動とは? それは観てのお楽しみ。

タイトルのみで偏見を持つことなく、ぜひ体験していただきたい奇妙で美しい映画です。