「七人の侍」1954

kaoru11072006-12-16

迂闊でした。チケット購入に失敗しました。

すぐ近所にある市のホールで黒澤映画を毎月1〜2本ペースで上映しているのですが、来月の上映が「七人の侍」なのです。

この日本映画の至宝といえるコンテンツをスクリーンで観たいと思って心待ちにしていたのですが、チケットの発売日を勘違いしていました。昨日だったようで、すっかり買い逃してしまいました。残念至極。

モニターでは何度も鑑賞していますが、お恥ずかしいことに劇場体験がないのです。
3時間27分の超大作ですから、できればコンディションのよいホールでじっくりと鑑賞したいのですが、絶好の機会を逃してしまいました。


この映画を未見の方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか?
ビデオメディアが普及する以前は苦労しました。私の生まれる前の映画ですし、確か中学3年の頃に劇場でリバイバルがあったんですが、何かで行けなかったんですよね。それ以降もどこかでやってないかといつもアンテナを立てていたのですが…。今やレンタル屋さんの棚には大抵常備されていて、隔世の感があります。


日本映画のオールタイムベストものを企画すると、余程のアート系メディアでない限り「七人の侍」がトップになってしまいます。もう50年以上経過しているのに、その座は一向に揺らぎません。
以下は、作家井上ひさし氏が、レーザーディスク化の際に記した文章の引用です。

…単純な美しさを持つ主筋に、豊かな複雑さを湛えた脇筋や細部を蔦草のように絡ませること、これは古今東西の物語作家の切なる願いであるが、この作品ではそれが完璧に実現している。(中略)すべて偉大な作品は、「どのように状況が悪くても生きることに絶望するな」と、人生の涙の谷で、悪戦苦闘を余儀なくされているわたしたちに励ましを贈ってくれるが、この作品を観直すたびに、救い主は、「七人の侍」という映画に姿を変えてすでに降臨しているのだと奮い立たないではいられなくなるのだ。この時代に生まれ合わせて、この作品に出会ったことに、わたしは限りなく感謝する。

ここまで臆面もない賛辞を連ねたくなる気持ち、とても共感できます。日本人がエンターテイメントとして創作した芸術作品でこれほどのものはないのではないでしょうか。まさに空前絶後です。


脚本家橋本忍氏が明らかにしていますが、この映画の企画の出発点は、徹底したリアリズム時代劇を作ってみようと、黒澤監督が言い出したのが始まりでした。具体的には“ある侍の一日”として、江戸時代の城勤めをする中級武士が朝起きて出仕して一日の勤めを過ごし、帰宅しようとするが仕事上の不始末の責任を負わざるを得なくなってその晩に切腹して終わるというストーリーを映画化しようとしていたようです。
橋本氏は協力者と共に当時の武士の日常をリサーチしますが、明確な記録がなく映画化は頓挫します(このコンセプトは「たそがれ清兵衛」に引き継がれていると思いますが…)。それではと、今度は剣豪の武勇伝をオムニバスで描こうとして、これまた橋本氏に脚本を書かせますが、クライマックスだけで構成された映画は無理と、これも断念。
そんな経緯を経て、橋本氏と黒澤監督、そして当時の東宝プロデューサー本木荘ニ郎氏が、戦国武士の日常についての史実を雑談交じりに話している中で、ある焦点を結ぶことになります。
以下は、橋本忍氏の「複眼の映像」からの引用。

…私は思わずドキッとし、本木荘二郎に訊き返した。
「百姓が侍を雇う?」「そうだよ」
私は瞬間に黒澤さんを見た。黒澤さんも強い衝撃で私を見ている。二人は顔を見合し――無意識に強く頷き合った。
「出来たな」
黒澤さんが低くズシリという。
「出来ました」
(中略)
「侍の数…百姓が雇う侍の数は何人にします」
「三、四人は少なすぎる。五、六人から七、八人…いや、八人は多い、七人、くらいだな」
「じゃ、侍は七人ですね」
「そう、七人の侍だ!」
黒澤明は顔を上げ何かに挑むように宙を見た。


ゾクゾクしますね。

日本映画は、いつかはこの映画を超える面白さを有したコンテンツを生み出せるのでしょうか? 少なくとも過去50数年間、それは実現していません。
当の黒澤明自身にとっても、43歳で創作したこの映画の壁はあまりにも高かったようです。


巷では織田裕二主演で「椿三十郎」のリメイクが進んでいます。どうにも観る気が起きません。先入観でしょうが許してください。「七人の侍」をリメイクしようと考える業界人はまずいないでしょうね。あまりに壁が高すぎます。
ただ、個人的には気になる点が2点。
ひとつは、映画終盤の編集で一瞬だけ「?」というところがあります。これだけは黒澤監督本人に手を入れて欲しかったです。もうひとつは、画像と音声の質の劣化です。
ここは現在の最新技術を費やして、画像と音声の徹底したリファインを試みていただきたい所です。仮に、その予算として国内の映画ファンはひとり1,000円ずつ払え、ということになっても賛同するのではないか、と思います(思わないかな?)。
だって、この映画は、日本と日本人が世界に誇れる、それも大衆レベルで誇れる貴重な財産なのですから。

七人の侍 [DVD]

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複眼の映像 私と黒澤明

複眼の映像 私と黒澤明


追記)
しかし…。松坂大輔に60億が動くと言うのなら、黒澤には1,000億くらい必要だと思うんですが…。「七人の侍」などは無形文化財か国宝指定してもよいくらいだと思います。