漫画の話・映画の話 「吉祥天女」がちょっと心配

1983年〜1984年に別冊少女コミックに連載された、吉田秋生の傑作「吉祥天女」。
もう幾度読み返したでしょうか。連載と共に画調が変化していったりと、決して隅々まで完璧とは言いがたいのですが、それでも強烈な印象を残す作者の代表作です。私は好きです。

吉祥天女 (1) (小学館文庫)

吉祥天女 (1) (小学館文庫)

確か当時、小学館漫画賞を受賞しているはず。

少し男性恐怖症気味だが平凡で健康な高校生:麻井由似子(あさい ゆいこ)のクラスに、その町の資産家であり旧家の娘、叶小夜子(かのう さよこ)が転校してくる。小夜子は、幼い頃ある事情で離れた地で育ち、戻ってきたのである。恐ろしいまでの美貌と、他人を惹きつけてやまない引力を持った小夜子は、周囲の男たちの運命を動かしていく。
特に、由似子のクラスメイトである遠野涼は、従兄弟である野心家の暁が色と欲とで小夜子を手に入れようとする行動に否応もなく巻き込まれ、悲劇的な結末へと翻弄されていく。

そんな物語が、サイコサスペンス風のテイストで展開する訳ですが、一貫して健全で平凡な由似子が、あたかも読者の代理人のように小夜子の、また涼の傍らに常に寄り添い、この悲劇の一部始終を眺めることになるのです。


この魅力的な物語は当然のごとく映像化のオファーが沢山寄せられたようなのですが、作者はずっと断り続けてきたそうです。それが、昨年テレビ朝日で深夜ドラマ化されたので、私は少々驚いた次第です。
で、番組を観てみたのですが、残念ながら続けて観る気になれませんでした。原因はただひとつ。小夜子というキャラクターの造形です。

吉祥天女 イメージ・アルバム

吉祥天女 イメージ・アルバム

吉祥天女」のドラマの核心は、叶小夜子という美少女の存在感、その1点にかかっています。
高校生にしてあらゆる世代の男性の心を捉えずにはおかない美貌を持ち、学力優秀であるのみならず知略戦略の駆け引きにも長け、必要とあらば残酷な暴力に手を染めることすら厭わない。陳腐な表現を借りるならば、真正の“魔性の女”と言えます。彼女のキャラクターの重さと強さがあってこそ、登場人物たちの運命の翻弄に説得力が得られるのです。

つまり映画化・ドラマ化においては、そのキャスティングにかかるウェイトが、他の文芸作品の比ではないのです。そして残念ながら、昨年のドラマでは力不足と言わざるを得ませんでした。

そうしているうちに今春公開予定で映画化も進んでいたとのこと。一体どうなるのか、と気になりました。公表されたキャストは…?
麻井由似子には、本仮屋ユイカ。それはよいのではないでしょうか。雰囲気大丈夫そうです。
叶小夜子には、鈴木杏。……すずきあん、ですか?
思わず腕組みしてしまいました。

私的には、今、叶小夜子を演じさせるならば、香椎由宇しかいない、と思っています。それが鈴木杏ですか…。
鈴木杏は好きですよ。ドラマ「青い鳥」は未見ですが「ジュヴナイル」も「リターナー」も、私は高く評価をしています。とても魅力的な若手女優のひとりです。ですが、ちょっと健康優良児的なテイストが勝ってはいないでしょうか? 近寄りがたいクールビューティというより、庶民的な愛くるしさに針は触れているのではないでしょうか?
ただ、話題作として公開する劇場作品のキャスティングです。決して理由なく定まることはないはずで、おそらく私の感覚とは異なる解釈や判断があってのことだと思います。ここは謙虚に、完成作を待ちたいと思います。
公開が待ち遠しいような、そうでないような、複雑な気分です。
香椎由宇じゃ、駄目でしょうか…。