絢爛と迫力のミュージカル 「EVITA」

kaoru11072007-03-11

1996年当時は、新作映画への関心を失っていた時期でもあり、これだけの話題作ながら殆ど白紙状態でした。信じられないことに今日まで未見。

80年代に劇団四季が、久野綾希子市村正親という今となっては凄いコンビで上演していたことは知っていましたが、恥ずかしながら今日まで内容は良く知らず、ここまで来てしまいました。今更ながらの記事になっていることご容赦ください。



で、主役のエバ・ペロンにマドンナを抜擢して生み出された本作。大ヒットした舞台の映画化としては、非常によくできているのではないでしょうか。
各ナンバーの迫力と耳に残る旋律、マドンナが次々に身にまとっていく絢爛たる衣装とアクセサリーの数々、そして目を奪うダンスシーンたち。そこまではロンドン&ブロードウェイで培われた価値の転用でしかないでしょうが、見事なのがモブシーン。当時はどの程度までCGを使っていたのか不明ですが、アラン・パーカー監督の手練は映像ならではの群集シーンを手抜きなく組み込み、この物語に陰影深い奥行きを与えています。


アルゼンチンの貧しい私生児の少女エバが、その‘美貌も使って’男たちを利用しながら成功への階段を登る。やがて政局の混乱の中で、大統領夫人となり国政に多大な影響を与え、労働者階級から聖母とまで讃えられ、副大統領候補に登りつめながら、短い生涯を終えるまでの物語。

エビータ [DVD]

エビータ [DVD]

そもそも舞台劇のストレートな映画化なので、新たな解釈が加えられている訳ではありません。狂言回しのアントニオ・バンデラス(チェ)が常に、エバの言動を批判的に見つめ続けるように、この物語は、稀代のヒロインの人生を功罪共に描き出すことに主軸を置いています。いや、客観的に見る限り、やや否定的な感覚を込めて描いているように思います。
その否定感は、エバ自身への批判もあるでしょうが、そういう彼女に魅了され奉るしかなかったアルゼンチンの民衆と政治家たちの愚かさを指摘する視線のように思います。おそらく、その視線ゆえに、この「EVITA」という舞台と映画は、アルゼンチン国内では受け入れられていないようです。
それはそうでしょう。アルゼンチン国民には彼らなりの歴史認識があり、経済生活の手触り感の思い出があります。その中でこそ彼の国におけるエバ・ペロンの評価はあるはずで、それは最も尊重されるべきものだと思います。
そうです。この映画はあくまで英国&米国から見たエビータの物語であり、WASのラテン民族に対する優越感がどうしても透けて見えるのです。その点は頭の片隅に置いておくべきでしょう。所詮は全編英語劇でしかないのですから。


それでもなお、優れた劇の持つ訴求力はこの映画にも十分に存在しており、強烈な美を生み出しています。
映画中盤に、パーティでエバがペロンに誘いをかける一連の場面から、バルコニーの演説に至るまでの艶やかな昂揚感は圧巻です。群集シーンが効果的ですし、マドンナの持つ強いカリスマが遺憾なく発揮されています。傑作ナンバー『アルゼンチンよ、泣かないで』はしっかり聴かせてくれます。これは本当に耳に残る。15歳を当時38歳のマドンナに演じさせるのはさすがに無理がありましたが、成り上がっていく女性のカリスマを投影するキャストとして、彼女は適役でしょう。本人もエバ・ペロンには相当の思い入れと自己同一視があるようですね。良かったと思います。



しかしながら、観終わってから、何か食い足りないものを感じています。
エビータの生涯はこの舞台と映画でダイジェストされたと思います。確かにこの魅力的な女性はこうして善も悪も生きたのでしょう。その表現されたドラマは見せてもらいました。しかし、彼女の内面には何があったのか? どんな信念や怨念があったのでしょう。どんな希望と絶望と自信と劣等感に満ちていたのでしょう。何を踏ん張り、何に流されたのでしょう。
不勉強だった私は、この映画で彼女を知りました。今度は、彼女の心の軌跡を知りたいと思っています。


Evita 2006 / O.L.C.

Evita 2006 / O.L.C.