私の好きな江戸川乱歩 : 「孤島の鬼」

私が小説というものを意識して読み始めたのは、小学生時代の江戸川乱歩でした。
ポプラ社刊の所謂“少年探偵団もの”を面白がって読むことが始まりでした。名探偵明智小五郎怪人二十面相の闘争を軸に、非現実的なトリックや怪奇趣味が独特のダークな世界観を醸し出していました。
グロテスク趣味や性的倒錯傾向など、乱歩作品を特徴づけるものはお子様向けに相当薄まっていましたが、それでもベーシックな味わいになっていました。今どきの小学生にとってミステリーと言えば同じ“江戸川”でも江戸川コナンでして、それは昭和初期の隠微な暗さとは無縁でしょう。しかし、昭和40年代までは、まだ乱歩の描くダークネスが息づいていた最後の時代だったと思います。
私としてはそのお子様向けに飽き足らず、小6になると大人向けの原書を図書館で見つけ出して読んでいました。あまり良い趣味とはいえません。

江戸川乱歩全集 第4巻 孤島の鬼 (光文社文庫)

江戸川乱歩全集 第4巻 孤島の鬼 (光文社文庫)

江戸川乱歩という作家は、決して高踏な文芸家ではなく徹底した通俗小説作家だと認識しています。私にとってそれはリスペクトの対象です。グロもエロも彼のサービス精神の表れと言えますし、そんな大衆志向がなければ“明智小五郎とアルセーヌ・ルパンの対決”などと言うトンデモ小説(「黄金仮面」)なんか、絶対に書かないはずです。相当数の長編小説を生み出しながら、その大半は短命で終わっているところなど、通俗の極みで痛快ですらあります。

そんな乱歩の独壇場は、奇妙な味わいと戦慄の読後感を残してくれる珠玉の短編たちでした。
押絵と旅する男」「鏡地獄」「二銭銅貨」「算盤が恋を語る話」「芋虫」等々、見事なものでした。怖いしエグいのに読むことがやめられない、不思議な世界ばかりでした。トリックの論理性などより、人間の持つ奇妙な心情、異常な心理が生み出す怪奇をあぶりだすものでした。
しかし、「押絵と旅する男」は怪奇性より不思議さが勝っている幻想短編の傑作で、高校の国語の教科書にも採用されたりしています。

そして、駄作も多い彼の長編群の中で、唯一といってよい完成度の高さを誇るのが、この「孤島の鬼」です。もし、関心のある方は、絶版になったりする前に、是非入手されることをお薦めします。
詳しくは読んでいただくしかないのですが、この小説、とても面白くグイグイ引っ張っていく力技満載の一大娯楽物語なのですが、そのインモラル性と、大いなる誤解や偏見につながりかねないモチーフは、現代の視点では出版差し止めにされても仕方がないかもしれません。どう考えても映画化・ドラマ化は不可能です。人権派といわれる方々が読めば言語道断でしょう、そんな小説です。
そんな訳で、とてもストーリーを記すことなどできません。現代人としてのモラルは否定したがるでしょうが、それでもこの小説の持つ面白さの力は抑えられないだろうと思います。
本当に、この物語には乱歩の多様な個性がうまく組み込まれています。不可思議殺人のトリック、怪奇とインモラルな人間模様、性的倒錯趣味、主観による大袈裟な語り口・・・。傑作短編にて光を放った各種の要素が、全編各所で読者をひきつける引力になっています。
そして、私を唸らせたのが、ラストの数行の描写の魅力。こんなに通俗的な物語でありながら、こんなにもピュアな心情を印象づけるのか、と。

島田荘司京極夏彦など、乱歩へのオマージュを正面から打ち出してくる作家もいます。乱歩の小説は、もっと再評価されてもよいのではないでしょうか。


江戸川乱歩全集 第5巻 押絵と旅する男 (光文社文庫)

江戸川乱歩全集 第5巻 押絵と旅する男 (光文社文庫)