未見の大作。共感した。 「ドクトル・ジバゴ」1965

kaoru11072007-03-21

名匠デヴィッド・リーンの超大作。あの「サウンド・オブ・ミュージック」とアカデミー作品賞を争った立派な風格の映画ですが、いまひとつ評価が高くありません。
そのせいもあってかずっと未見のままでした。下手をすると観ることなく人生を終えていたかもしれません。そうならなくてよかった。

原作はボリス・パステルナークのベストセラー。激動のロシア革命時代に、個人として誠実な人生を貫き、二人の女性を愛した医師ジバゴの物語。
“革命が必ずしも個人を幸福にする訳ではない”というメッセージが流れるのを嫌った当時のソ連では発禁処分としたため、出版はイタリアで行われたとのこと。プロデュースがカルロ・ポンティなのもそのせいかと思います。ノーベル文学賞に決まっていながら、受賞するなら祖国追放となったため、パステルナークは「祖国を離れることは死に等しい」と受賞を辞退。そんな時代でもあった訳です。60年代〜70年代はじめ頃は、ソ連、中国、北朝鮮あたりの社会体制の進歩的価値を認めることが日本の文化人や朝日新聞あたりの良識でもありましたので、この映画があまりポピュラーになれていないのも時代の空気だったかもしれません。

全編英語劇になっているのは玉にキズ。ハリウッド大作の常套ですし、当時ロシアでロケをする訳にもいかず、俳優も欧米でなんとかするしかありません。まあ、いたしかたないかなと思います。
でも、私はずっと思っていますが、各国の歴史や文化を背景にドラマを描く以上、その場所における言語感覚はとっても大事です。言語の持つ音感、リズム感、表現性は絶対に人間の感覚や感情に影響しており、それは民族性や文化文明の構成要素だと思うのです。たかが映画ではありますが、情報化が進んだ現代において、今後は是非とも物語舞台の言語のリアリティを大事にして欲しいものです(本日鑑賞した「パフューム」もフランス舞台の英語劇でしたが)。


3時間半を超える超大作。序盤の展開で人物関係等が少々わかりにくいもたつきはありましたが、ジバゴとラーラの人生がクロスするクリスマスパーティのシーンから、力強く物語が展開していきました。インターミッションをはさんでも飽きることなくラストまで導いてくれます。DVDも2枚組みです。

ドクトル・ジバゴ 特別版 [DVD]

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人生の起伏を描き出す時間軸もさることながら、ロケーションの美しさと壮大さはさすが。劇場の大スクリーンでこそ観たいタイプの映画です。「アラビアのロレンス」でアラブの砂漠を描写したリーンが、今度はロシアの白い大地を魅せてくれました。といっても北欧での撮影が中心だったようですが。終盤近くに出てくる“氷の宮殿”のセット(ロケセット?)の美しさは凄いです。現代ならCGも使うでしょうが、当時は何らかの形で本物を用意するしかなかったのですから、これは凄いです。
自然に負けず、主役二人が美しい。オマー・シャリフジュリー・クリスティの二人の美しさは本作の世界観にフィットしています。ジバゴの妻を演じたジュラルディン・チャップリンは、あのチャップリンの娘。立派に演じていると思いますが、前述の二人ほど華がないのが惜しいです。他にも、若き日のクラウス・キンスキーも登場しています(あのナスターシャ・キンスキーの父君)。

ジバゴは誠実な人物です。妻のターニャも人妻のラーラも、どちらも誠実に愛してしまいます。彼は医師としての職業モラルを貫くだけで政治には無関心な実務家です。家族を大事に思い、自分に関わる大切な人を大事に思う当たり前の男です。しかし、社会と歴史の動きはそんな個人的な誠実を翻弄し、彼は妻と恋人と、彼女らの子どもたちに、その愛情をきちんと注いでやることができずに生涯を終えなければなならなった。そういう無念の物語です。それでも、彼の思いは、その受け継がれた血として、何らかの形でその後の時代に受け継がれていくだろう、と未来への可能性を示したラストは素敵だと思いました。
この年になっての初見だったことは、私と本作との出会いとしては幸福なことかもしれません。何故なら、もっと若い時期ならば、ジバゴが二人の女性を誠実に愛する心情を理解できたかどうかわかりません。今日だからこそ、彼の誠実さに共感ができるのかもしれません。
彼が愛したラーラもターニャも、お互いの存在を知り敬意すら払いあうことの描写もあり、そこも共感度大です。また、ラーラの人生に大きな影響を与えるコマロフスキーという俗物も、薄っぺらなステロタイプでなく、懐の深い描き出し方がなされていて唸ります。何にせよ私と共振する映画でありました。

最後に記したいのは、何と言ってもモーリス・ジャールの手による音楽。“ラーラのテーマ”は壮大な風景の中にジュリー・クリスティの美しさを印象付けて秀逸です。昔からお気に入りのメロディーでしたが、改めて認識しました。