「ディア・ハンター」1978

kaoru11072007-04-22

日本公開は1979年。アカデミー作品賞を冠に、確かGW興行の目玉のひとつでした。今は無きテアトル東京に出かけていった記憶があります。
白状しますと、18歳になったばかりの私は、この映画を受けとめるにはあまりに未熟な精神しか有していませんでした。情けないことに、第1パートの結婚式・壮行会のシーンで眠ってしまいました。苦い記憶です。
しかし、当時の年齢の倍以上の時を経て観直すと、この作品のとてつもない質量がわかります。まだ試したことはありませんが、仮に生涯で大事な10本の映画を選ぶとしたら、そこに加わってくる1本です。


1968年、ペンシルバニア州クレアトン。ロシア移民の街の若者たち。裕福とは言えないし、皆が皆美しい友情にあふれている訳でもないけれど、精一杯に楽しく生きるエネルギーに満ちていた。男たちの楽しみは週末に出かける鹿狩り。
狩の腕前は一番のマイケル、彼が最も信頼するニック、そしてスティーブンの3人はベトナムへの出征の日が迫る。ニックと帰還後の結婚を誓ったリンダは、マイケルに対しても言葉にならない感情を抱いていた。その夜スティーブンの結婚式と3人の壮行会が延々と続いていた。
一転、戦場の地獄に翻弄される3人の姿。戦争行為というレベルを超えた体験を潜り抜け、3人は生き延びた。彼らは、生まれ育った街と仲間たちの輪の中に再び帰ることができるのか…。

ディア・ハンター [DVD]

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3時間強の上映時間、ウェルメイドな劇構成など放棄しています。ゴツゴツと見せたい場面をつないだだけのような構成。そこには技巧のための技巧はなく、只ひたすらに伝えたいものを懸命に描写し続ける強い意思を感じます。
そして、ラスト近くの5分間のクライマックスシーン。3時間の描写を費やした感情のすべてがそこに集約され収斂し爆発する・・・。こんな質量を伴ったシーンには、そうそうお目にかかれるものではありません。
ロシアン・ルーレット”。
リボルバー拳銃の回転弾倉に1発の弾丸を込め、自らのこめかみに当てて引き金を引く。そんな死のゲームは、この映画でポピュラーになりました。しかし、誰も安易な演出でこれを扱うことはしないでしょう。それほどに本作のルーレットの場面の緊迫感は図抜けています。
ただただ、その魂を鷲掴みにするかのような凄さには、何の言葉も用いることはできません。


既にスターであったロバート・デ・ニーロの演技は見事。でも、彼と向き合ってクライマックスを支えるクリストファー・ウォーケンの表情と佇まいの素晴らしさは格別。この映画のテーマは彼の演技に託されていた演出プランであったはず。アカデミー助演賞でしたが実質的な主演賞です。
そしてデ・ニーロとウォーケンの二人に愛されるメリル・ストリープ。何と可憐で切なさの漂う存在感でしょう。この映画で実質メジャーになった彼女は、その後数々の名作名演技をものにしていく訳ですが、私には本作の彼女が最も輝いて見えます。その後の知が勝った見事な演技より、ひとりの女性として愛しいと思えるのです。
加えてジョン・カザール。70年代米映画を支えた名脇役は、本作撮影時には癌が進行していたとのこと。映画の完成を待たずに夭逝した彼の存在も、主人公たちの日常を描くのに欠かせない演技でした。

主題曲「カバティーナ」。名ギタリスト、ジョン・ウィリアムスの爪弾く旋律の、何と美しく切ないことか。曲自体は68年頃に完成していたようですが、よくぞこの映画に重ねたものと思います。独立したギター曲として名曲であり、主題曲としても見事に映像にマッチしていた稀有な名曲でした。(私は村治佳織の演奏を愛聴しています。)

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監督のマイケル・チミノは、本作以後も数々の大作を手がけますが、どれもうまく行っているようには思えません。「天国の門」では名門ユナイテッド・アーティストを破産にまで追い込んでしまいます。
ここまで魂のこもった乾坤一擲の大作を作り上げることができたクリエイターは、その後の人生をどう過ごすのでしょうか? ひょっとしたらチミノ監督の中にもそのジレンマはあったのかもしれません。そう思いたくなる程の映画の質量なのです。


この映画の公開時、所謂進歩的文化人を中心に“べトコンの残虐行為を一方的に描写していながら米軍の行った残虐行為には一顧だにせず出征兵士の被害者意識のみを肥大化させている”という批判が相当数流通しました。それは本作の評価をある部分で確定した意見でした。一理ある意見です。
しかし、私は、ひとつの文学として、芸術として本作を見つめた時に、とてもその批判意見に与する気にはなれません。ここに描かれているのは歴史認識でも国際情勢の理解でもなく、人間の魂は傷つき自壊することもあるのだという人生の不条理だと思うからです。それを抉り出すために、人間の感情の真実を磨き上げ、まるで大吟醸のように芯の部分だけを3時間に閉じ込めたものに思えてなりません。

怒号と札束の舞う異国の異常な場所。小さなテーブルを挟んで向き合うマイケルとニック。拳銃を手にニックの魂を呼び戻そうと必死に語りかけるマイケル。秒単位しか余裕のない状況で費やせる言葉は二人で過ごした鹿狩りのこと。
“One shoot?"  “One shoot.”
たったそれだけのセリフに万感の思いが込められ、アクションが炸裂する。その鮮烈さ。そこに小理屈は不要です。


気軽に見直す気分にもなれない映画ですが、私の大切な1本です。