「上意討ち―拝領妻始末―」1967

kaoru11072007-05-12

前回の記述にあたって、改めて自分の鑑賞歴を思い返してみた訳ですが、世間評価がどうあれ好きな作品を再確認することになりました。
この「上意討ち」、まさにそうした1本です。

原作は時代小説家滝口康彦。下級武士の苦悩と苦闘を題材に感銘深い短編を数多く生み出しました。直木賞の最終選考を6回逃すという悲運の作家。
滝口康彦作の映画化で最も有名なのが「切腹」1962。小林正樹監督の代表作であり、カンヌで審査員特別賞も受賞。名匠橋本忍の手による脚本は、回想形式を見事に使いこなした好例として教科書のような扱いを受けています。

その「切腹」から5年後、当時の大スター三船敏郎が同じ原作・脚本・監督トリオで製作し、自ら主演したのが本作でした。その年のキネマ旬報ベスト1。それなりの高評価を得ました。しかし、今日意外と知られていない映画でもあります。最近、TSUTAYAにもレンタルが並び始めていますので、ご関心のある方にはお薦めします。

上意討ち-拝領妻始末- [DVD]

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会津藩に仕える初老の下級武士 笹原伊三郎(三船)は、武芸に秀でながら長いものには巻かれろで生きてきた。そして息子与五郎(加藤剛)の婚礼を藩命で強制される。主君の機嫌を損ねた側室、市(司葉子)を払い下げの形で拝領させられるのである。それでも与五郎と市はやがて仲睦まじい夫婦となり、伊三郎は胸を撫で下ろした。
しかし、主君の世継ぎが急逝したことで事態は急変。側室時代に生んだ子どもが新たな世継ぎとなるため、市を主君のもとに返上せよという藩命が下る。将来の藩主の母を下級藩士の妻にはしておけぬのである。主君の命に逆らえばすべてを失い親類縁者にも迷惑をかける。それは重々承知ながら、与五郎と市は添い続けたいと主張し、それを知った伊三郎は藩命に逆らう腹を決めた。
かくて、すべてを敵に回した笹原父子の、個人の意思の自由と尊厳をかけた会津藩への抵抗の闘いが始まる・・・。

上記のプロットは、ほぼ原作の「拝領妻始末」通り。しかし、娯楽時代劇というヒット狙いの映画故に、後半のクライマックスには原作にはないチャンバラシーンが盛り込まれています。DVDのパッケージ写真にもなった仲代達矢と三船の決闘などは、明らかに黒澤明の「椿三十郎」を意識した客寄せサービスです。

従って物語の結末は原作と映画は微妙に異なる訳ですが、極めてロジカルで見事なプロットだと思います。その冷徹な論理性は、さすが橋本忍シナリオと言えるもので、小林正樹監督の禁欲的な様式美演出と相まって、何とも冷たい美しさを漂わせます。

ユーモア演出など殆どなく重苦しい展開を見せる訳ですが、この映画は実に面白いです。見始めたらやめられないです。おそらくは、原作・脚本・演出・役者のすべてが、所謂“旬”の時期にあったということではないでしょうか。私はそう思います。


役者ということで言えば、まず主役の三船敏郎。数々の黒澤映画によって日本を代表する男優としての地位を磐石にし、役者人生後半の脂が乗っていた時期の作品だったと思います。原作の笹原伊三郎は腕自慢の男ではないのですが、三船主演なので相当人物設定を変更しています。しかし、映画としてはそれで良いでしょう。強いけれど不器用という人物像は、三船の持ち味でもあった訳ですから。
そして、三船の息子与五郎を演じた加藤剛も、当時の俳優座で売り出し中の若手ホープ。一本気な意思の強さと誠実さを表現して、まさに適役ではないかと思います。
惜しむらくは、ヒロイン市を演じた司葉子が、本作ではあまり美しく映っていないこと。そして、小さいけれどスパイスのような役で市原悦子が登場しますが、その持ち味はうまく生かされていると思います。ことほど左様に、役者のアンサンブルもなかなか見事でした。

何故、自分がこの映画に惹かれるのか、合理的な理由はよくわかりません。時代劇なら好き、といった嗜好はありませんのでそう単純な訳でもないのです。

近年藤沢周平がブームになり「たそがれ清兵衛」等々の時代劇映画が話題となった訳ですが、滝口康彦の小説だって負けないくらい見事に面白いのだ、下級武士の哀感を描いてきた先人はちゃんと居たのだ、という思いがあることも一因かもしれません。前述のような役者の魅力もあるかもしれません。
でも、やっぱり自分が惹かれるものは、本作のプロットそれ自体の魅力のような気がしています。

映画は文芸であり芸術でありながら、時間というものに制約される非常にロジカルな製作物でもある訳で、そんな特性にマッチしたプロットと言えるような気がしています。
こんな映画は、もっと再評価されてよいのではないか、と思っています。

切腹 [DVD]

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時代小説アンソロジー〈2〉女人 (小学館文庫)

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↑原作の「拝領妻始末」はこのアンソロジーに収録されています。