「夏への扉」R.A.ハインライン(1957)

kaoru11072007-06-16

学生の頃に大いに面白く読んだ記憶があります。四半世紀を超えて再読しました。
本作の主人公ダンは、2つの方法で30年の時を超えるのですが、今回の再読においてもそれに近い時間の経過があった訳です。

タイム・トラベルもののスタンダードといえる小説です。
1970年代以降、SF小説は哲学的な難解さへの傾斜を深めて行きましたので、エンタメとしての面白さを味わうにはこの時期のもののほうがお薦めでしょう。
非常によくできたプロットと、空想科学小説としてのディティールの楽しさで、誰もが抵抗なく引き込まれると思います。

しかし、確かにウェルメイドな小説ですが・・・。
何故だか、以前ほどの面白さを感じることができませんでした。


1970年に生きる発明家であり技術者である青年ダンは、パートナーの手酷い裏切りに会い、失意の中で冷凍睡眠30年の契約を交わす。勿論、誇り高いペットの牡猫ピートも一緒に。
施術当日に冷静さを取り戻したダンは、施術には向かわず裏切り者たちに一矢報いるべく逆襲を仕掛ける。しかし、返り討ちにあって不本意な状態で30年の冷凍睡眠に送り込まれてしまう。
2000年に目覚めたダンは、30年後の状況を確認する中でどうにも理解しがたい事象に直面、その謎を解くべくある方法で30年前に戻ろうと試みる・・・。

夏への扉 [英語版ルビ訳付] 講談社ルビー・ブックス

夏への扉 [英語版ルビ訳付] 講談社ルビー・ブックス

こうしてプロットを書き出してみると、この小説の完成度の高さがわかります。
数々のタイム・トラベルものの映画の基本プロットは、殆どこの小説が原型になっています。
もっとも顕著なものが「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985)でしょう。

昔から不思議に思っていました。何故この小説それ自体は映画化されなかったのか?
少なくとも1960年代〜70年代であれば何とかなったように思います。
何が当時の阻害要因だったのか、今ではわかりません。

夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))

夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))

現在、この小説をそのまま映画にするのは難しいでしょう。
今読んでもよく考えられたディティールの描きこみはあり、それを現代風俗に置き換えながら描きなおすことは可能だと思います。
しかし、今日の視点で見ると、主人公の人物像はともかく主要な2人のヒロイン(敢えて2人ともそう呼びます)の描写には、どうにも抵抗を覚えてしまいます。


そうです。この小説は、登場する女性の人格を殆ど無視しているのです。
特に、終盤にのみ登場するこの本作のロマンスを支えるヒロインの人物像は、まったくあり得ないものです。
嗚呼、再読しての失望は(十分面白く読み通せたにもかかわらず)、どうやらこの1点によるものだと気づきます。

本作が書かれてからの半世紀近くの時は、性差というものについて確実に感覚を変えてきています。

本作が古典的SFの名作であることは十分に認めます。
その上で、こうした違和感の発見があったということを記しておきたいと思います。