【再掲】「悲しき天使」2006

kaoru11072007-07-04


写真はすべて(c)ツインズジャパン

昨年ごく限られた劇場でひっそり公開された、大森一樹監督のインディペンデント作品。
DVDがレンタルにも並びました。
再見して、これは少しでも知っていただくべき映画と思い、昨年11月の日記を、若干修正して以下に再掲いたします。



これはいい。
本当に面白くて気持ちに染み入ってくる良質の、それも大人の映画です。


昨年11月、公開されたのはロケ地の大分と別府以外では東京のみ。それも下北沢のアート系の小劇場にかかっているだけです。
宣伝も殆どなされなかったので、芝居好きの多いシモキタでも観客はまばらでした。パンフレットもありません。だだ完成した映画がそこにあるだけ。

3年前に完成していたものの、配給の目処がたたなかったそうです。
シネマアートン下北沢の方に訊ねると「うちでは一番の大作なんですが」、とのこと。

“勿体無い。そして、こんなにウェルメイドな劇映画をシネコンの片隅ですら上映できない業界構造ってなんだろう?”と思わざるを得ません。



東京・多摩川に中年男の他殺死体が発見される。容疑者はすぐに判明した。それは男の娘、那美(30)だった。
行方のわからない那美を追って、警視庁刑事・薫(30)はベテランの沖島(55)と共に、那美のかつての恋人・関川(30)の住む別府へと向かう。経費節減も意識して出張期間は6日間。
関川の経営する旅館の向かいで張り込みを始める薫と沖島。二人の眼に映るのは、関川とその妻・敦子(32)の幸せな日常だった。
果たして関川の前に那美は姿を現すのか? その時関川の家庭はどうなる?

悲しき天使 [DVD]

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昔からの映画ファンならお気づきのように、松本清張原作・野村芳太郎監督の「張り込み」1958の設定をほぼ踏襲した物語です。きちんとしたミステリーの語り口という土台があります。

そして、主要な登場人物が皆30代であるということ。
それがこの映画の最大のポイント。


仕事に忙しく打ち込みながら、恋人との距離感を定めきれない薫。
何らかの事情で恋を諦め、仕事でそれなりの成功をおさめてきた那美。
明るく愛情ある家庭を支え、夫と共に家業の発展を実現しつつある敦子。


10代の青春期でもなく、20代の恋愛感情あふれる世代でもなく、それらを過ごしてきた30代の女たちの物語。

刑事の張り込み、というミステリーの王道の枠組みの中に、彼女たちの三者三様の切ない感情が詩情豊かに描き出されています。
それでいて娯楽性も忘れることなく、きっちりクライマックスを盛り上げてくれる。

113分の上映時間。その描写は知的で下卑たところがなく子どもも観られるレベル、それでいて十二分な面白さで退屈させません。
ラストも簡潔。饒舌過ぎる事も、説明不足にも陥らず、程よい感傷と爽やかさで劇場を後にできました。


脚本が見事に人物を魅力づけし、役者たちの個性が本当に好ましく客席に届いてきます。

薫=高岡早紀/那美=山本未来/敦子=河合美智子
関川=筒井道隆沖島岸部一徳

他に、松岡俊介 根岸季衣 峰岸徹 斉藤洋介 野波麻帆 等々インディペンデント映画とは思えない立派なキャストです。

バタアシ金魚」も「忠臣蔵外伝四谷怪談」も未見なので知りませんでしたが、高岡早紀がこんなにも魅力的な女優であることを知りませんでした。とても素敵なビジュアルと自然な演技。
何といっても、3人のヒロインの表情と演技だけで胸に迫るものがあります。


最近、日本映画がそれなりに面白くなった、ヒットするようになった、といっても、中高年層が観て本当に面白いと思える作品が多いかというと疑問です。
言ってしまえば、“恋愛ファンタジー”ものがマーケティングに基づいて大量生産されている感じです。
10代のデート映画は多いでしょうが、大人の生活感覚に根ざして面白さと感動を届ける作品はごくわずかでしょう。
それが、この映画にはあると思います。


大森一樹監督は、私が初めて購入したキネマ旬報に「オレンジロード急行」の城戸賞受賞シナリオが掲載されていた時から、ずっとインプットしてきた監督です。
ただ、その作品にはいまひとつ乗れないでいたのですが、この「悲しき天使」は別格。素晴らしかった。


手放しで絶賛する私ですが、もしこのページをご覧になって、観る機会がある方は、ぜひ確かめてみてください。
少しでも多くの方に見てもらえるなら、私は太鼓持ちにでも何にでもなります。
大人が観てこそ楽しめる、良質の劇映画がここにあります。
こういう映画を見捨ててはいけないと思います。