「河童のクゥと夏休み」2007

kaoru11072007-07-29

若い人たちには当然実感できないでしょうが、これほど“松竹富士”の相応しい新作は久し振りです。
私は以前、原恵一木下恵介の正統なる後継者ではないか、と記したことがありましたが、本作を観てそれは確信となりました。紛れもありません。

写真はすべて (C)2007木暮正夫/「河童のクゥと夏休み」製作委員会

上映時間138分。夏休みのファミリー(子ども)向け劇場アニメとしては異例の長さ。あの「もののけ姫」ですら135分です。
妖怪:河童を主役に据えてるとはいえ、目を見張るスペクタクルもなく、アニメならではの異世界美術の描き込みもない、どちらかと言えば地味で平凡なホームドラマの構造でこれだけの長尺を持たせることは大変な力技だと思います。2時間を超える作品では途中時計を見てしまうものですが、私は今回まったく見ることなく観終えました。実に面白く、そして気持ちの中に染み渡ってくるような感動を味わうことができました。

大人の目線も子どもの目線もきちんと消化した上で、すべてのキャラクターに目配りをし、現実世界の平均的核家族の家庭に河童の子どもが現れたら、というファンタジーの面白さをきっちりと展開して見せてくれます。構成に破綻はなく、実写では不可能なアクションもふんだんに盛り込んだ緩急自在の演出は飽きさせることがありません。特に
中盤のクライマックスと言える、少年とクゥの遠野への旅、二人の川遊びの爽快感は素晴らしい画面になっています。CGの使い方も奥ゆかしく、コストパフォーマンスの高い画作りをしていると感じました。

しかし原恵一監督が5年をかけて作りこんだこの傑作は、興行的には花開くことはないでしょう。これだけの質量を持つ見事な創作ではありますが、現在の多くの若者を劇場に運ばせうるマーケティング的な華のある価値は小さいと思います。かの宮崎・ジブリブランドを持ってすれば何とかなるでしょうが、映画評論家を標榜する方々でも原恵一を認識していない向きが多いわけですから如何ともしがたいです。昨年の「時をかける少女」と同じようなポジションに落ち着くのではないかと思います。

私は原作にも触れず予備知識なしで観始めましたが、冒頭のシーンで度肝を抜かれました。ネタばれは避けたいので具体的には記しませんが、生理的嫌悪になる一歩手前で留めてはいますが、子ども向けアニメとしては思い切った残酷描写から物語はスタートします。この演出は実に綿密に計算されたものだと思います。

この巻頭描写の重い印象があるからこそ、観客は(子ども達は)主人公達の抱える現実と運命の過酷さを最後まで忘れることなく想像しながら見続けることができます。
そうして、クゥの抱えざるを得ないストレスを共有するからこそ、クライマックスの追跡劇での半端でない感情移入がなしえますし、ラストの展開の救いを爽やかに受けとめることができるのです。しかも、ファンタジーの甘さに流されての爽やかさではなく、人間の生き方への深い絶望に裏打ちされた深みのある爽やかさに達しているのです。

こうした、現実の残酷さと絶望感から逃げることなくそれを画面に取り込んだ上で、それでも生きていく人生の明るさ、逞しさと仄かな救いを大衆の目線で組み立てていく描写こそ、松竹大船調というホームドラマの系譜の核心であったと思います。その重要な担い手のひとりが木下恵介であったことは多くの方が認める事実です。

木下恵介の映画を“小さきものの不条理な思い”と表現したのは弟子筋にあたる山田太一でしたが、一見似ても似つかぬアニメーション映画である本作の中に、しっかりと受け継がれ根を張っていることに気づかされます。
かの木下映画において多くの涙の描写があったのと同様に、本作の登場人物たちの目からも沢山の涙が溢れます。そのひとつひとつに意味と必然があり、現実の過酷に向き合う親しきものへの正しき同情や共感の涙でもあります。ひどく似ていると思うのは私だけでしょうか。

異世界からの訪問者と出会い共に過ごす少年の成長物語の構造は、邦洋問わず数々の映画に散見されます。本作も構成の大枠は「ET」にそっくりに見えます。

ただ、本作に特徴的なことは、主人公の少年の成長物語と並行して、河童のクゥ自身もこの世界の辛酸を味わって成長していくストーリーがきちんと存在しているのです。だからこそ、ラストの二人の別れは、一方から見たセンチメントにとどまらず、ふたつの人格のひと夏の交錯として観客の心情に響いてくるのだと思います。そうした重層的な構造で現実とファンタジーを切り結ぶためには、この異例の長い上映時間を要したのだと思いました。

興行的には失敗するだろうと言いましたが、できれば多くの方に劇場に足を運んでいただきたいと思います。
原監督の出世作クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲」に勝るとも劣らない良作を観る感動が間違いなく体験できるのですから。

河童のクゥと夏休み

河童のクゥと夏休み

河童のクゥと夏休み 絵コンテ集

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