「明日に向かって撃て!」1969

kaoru11072007-09-16

映画というメディアに青春があったとして、その瑞々しさが結晶した紛れもない1本。1969年というタイミング、米国の大地、スタッフ&キャストの“旬”がフィルムに固定化されています。“アメリカン・ニューシネマ”という枠組みの中に位置づけられますが、そんなジャンルの括りなどを超えた永遠の輝きに満ちています。

明日に向かって撃て!〈特別編〉 [DVD]

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原題が“Butch Cassidy and the Sundance Kid”である通り、1800年代の終わりに実在したブッチ・キャシディ頭目とした有名な強盗団(ワイルド・バンチ)の実話に基づく物語。でもシナリオはウィリアム・ゴールドマンのオリジナル故に極めて自由な世界観と人物像を創り出しています。そのダイアローグ全編に散りばめられた知性と可笑し味は格別。
実際に愛嬌ある頭目だったブッチを演ずるポール・ニューマン。その成熟した大人の色気と茶目っ気が本作を豊穣なものにします。圧倒的なガン捌きのクールガイ:サンダンスを演ずる当時新鋭のロバート・レッドフォード。その若々しい硬さが本作のエッジを立てています。二人に愛され二人を愛するエッダ・プレイスを演ずるキャサリン・ロス。「卒業」1967と共にヒロインとして輝き続けます。
それら総てのエレメントを総合し演出したジョージ・ロイ・ヒル。この監督は本当に知的な面白さを追及するひとなのだと思います。それを美しい画で紡いでいくセンスの見事なこと。本作も画面の隅々まで演出意図と配慮を行き届かせ、ジョン・フォードジョン・ウェインが確立した雄雄しきウェスタンをかくも繊細な青春映画にリファインしたのです。


愛すべき名場面はいくつもあります。
とりわけ有名なのが、映画前半の自転車乗りシーン。サンダンスが泊まったエッダの家、翌朝その家の周りで軽やかに自転車(その時代の新製品!)を乗り回すブッチ。気づいて起きてきたエッダを乗せて、早朝の牧場で可愛くデートする二人の画にバート・バカラックの名曲『雨に濡れても』(Raindrops Keep fallin' On My Head )が流れる。説明的な台詞は一切なくとも、3人の微笑ましい三角関係が鮮やかなイメージとして染み入ってきます。
映画中盤の延々と続く逃亡劇。その徹底したロングショットの素晴らしさ。遙か彼方の大地から、追っ手の砂煙やカンテラの灯りがワイドスクリーンの奥底に揺らめく画面設計には唸らされます。一体どうやってアクションのタイミングを合わせたのか? その遠景の美しさと執拗な追尾の説得力。
そして追い詰められたブッチとサンダンスの絶壁飛び降りの名シーン。命懸けの切迫感でありながら、その惚けた味わいの素敵なこと。あのレッドフォードの口からあんな台詞が出てこようとは思いも寄りません。このシーンには余程愛着があったのでしょう、ロイ・ヒル監督は「リトル・ロマンス」1979の冒頭で自らこのシーンをそのまま引用しています。
もっとも、本作に愛着を抱いているのはレッドフォードも同じ。何しろ彼が主催するインデーズ映画の新人発掘イベントの名称は“サンダンス映画祭”なのですから。

そして本作に永遠の生命を与えたラストシーン。ストップモーションがセピアカラーに転じ、さらにそのままロングショットへズームアウトする・・・。その後のどれほど多くの若い映像作家たちが教科書にしたことか。「俺たちに明日はない」1967や「卒業」や、ニューシネマの作家たちは常に鮮烈なラストシーンを描き出してきました。本作もその代表です。

私が好きなシーンがひとつあります。
とても地味な場面なので、一般的には採り上げられませんが・・・。執拗な追跡をようやく逃れ、エッダの家にぼろぼろになって辿りついたブッチとサンダンス。出迎えに歩み寄ったエッダが、並んだ二人の中央に立ってまったく同時に二人を抱くワンカットがあります。どちらかを先に、ではなく。彼女の想いを描く奥ゆかしい表現。こんなさりげないカットにも全編を貫く官能のトライアングルを観ます。
本作と同時代のフランス映画「冒険者たち」1967でも、リノ・ヴァンチュラアラン・ドロンジョアンナ・シムカスの永遠の三角形をロベール・アンリコが描き出しています。感性の世界的共時性なのでしょう。


ニューシネマもヌーベルヴァーグも若者の反抗の象徴だった時代は昔日となり、優れた作品は新たなクラシックとして確固たる存在感を放ち続けます。ニューマン&レッドフォード&ロイ・ヒルのトリオは「スティング」1973で最高の栄誉を手にしますが、その手前で放った本作の光は、まさに映画の青春と呼ぶに相応しい。
今年、ポール・ニューマンが俳優業からの完全引退を告げました。時代は過ぎていきますが、コンテンツに封じ込められた輝きと芳醇はいつでも解き放つことが可能です。

明日に向かって撃て!

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