「グロリア」1980

kaoru11072007-09-23

監督ジョン・カサベテス&主演ジーナ・ローランズ。この素敵な夫婦の手で制作された映画の中で、おそらく最も多くの人に愛された作品。シドニー・ルメットシャロン・ストーンの99年リメイク版は未見です。
ジーナ・ローランズのカッコよさが語りつくされているこの映画。何度見直してみても確かにそうです。中年女がこんなに切れ味のよい格好よさで描写されたコンテンツはそうそうありません。

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ちょっと堅気ではない暮らしをしてきたらしい中年独身のグロリアは、アパートの別室に住む女友達の一家がギャング組織に惨殺される事態に直面する。事件とは無関係のグロリアだが、成り行きで6歳の息子フィルを助けてやってほしいと託されてしまう。彼が握った手帳にはギャングの会計係だった父親が克明に記した組織の情報が握られていて、追われる身となってしまう。
子どもは好きじゃないしフィルは生意気でなつかない。グロリア自身が組織の一味だった過去もあり警察頼みはとても無理。おまけに中年で身体にキレもなく、この子にさほどの義理もない・・・。少年を突き放してバイバイしようとした街角で組織の連中と出くわした彼女は、彼らが少年の命を奪うことに躊躇しないと感じた瞬間、後先考えずに拳銃を抜いていた。後悔と逡巡、不安と怯え、そして義侠心と愛情をないまぜにしたグロリアの子連れのNY逃避行が始まった・・・。

インディーズ映画の雄ジョン・カサベテスの作品らしく説明的な台詞や描写は削ぎ落とされています。組織の実態もグロリアの過去や生活実態、フィルが何故消されようとしているのかとか、具体的には何もわかりません。にもかかわらず観客にはグロリアの心情が伝わってきます。その表現力は半端ではない。
それはジーナ・ローランズの肉体と表情と仕草と物腰の総体が醸し出すイメージであり、NYロケのビビッドな風景の切り取り方の総てから感じられる空気感であり、ビル・コンティの情感を揺さぶる音楽(ロドリーゴを連想させる)の効果であり、27年前のあの時あの場でフィルムに定着できた偶然と必然の産物なのだと思います。容易に再現はできない。できる訳もない。ヒロインの代わりは利かないのです。

実はこの映画、シナリオ上のグロリアが格好よいかというと疑問符がつきます。ご覧になればわかりますが、このヒロインは少年を守って組織と闘う事にずっと迷い続けています。大抵はストーリー前半で決然とヒーローが腹を決め、敵と対決するスタンスを定めるのがこの手の映画の定石です。それがずっとグズグズしています。終盤の展開になってようやく腹が決まっていくようなじれったいシナリオになっているはずなのに、そのヒロインの逡巡のすべてが見せ場になってしまう幸福が、本作の肝なのだと思います。
煙草を吸う仕草、タクシーを呼び止める口笛、逃亡中の安ホテルでも衣装に湯気をあてることを忘れない格好付け、ヒールの高さと颯爽とした歩幅、そして何よりハンドバックからハンドガンを取り出し引き金を引く無造作。そんなグロリアの人物造形のディティールに酔わされます。その人間を際立たせる背景のNY街頭を映し出すキャメラの粋なこと。“グロリア”という名前自体が“グロリア・スワンソン”のもじりなので本名すら不明確なのですが、そのTV報道を眺めてニヤリとほくそえむジーナの不適な面構えにさえしびれます。



ジョン・カサベテスは私にとっては個性派俳優としての記憶が殆どです。「パニック・イン・スタジアム」(原題Two Minute Warning)1976のSWAT隊長や「刑事コロンボ 黒のエチュード」1972の音楽家の印象が強い。私は本作以外の監督作は不勉強ですが、今や名監督の評価が確立しています。そんな彼も89年に鬼籍に入りました。
ジーナ・ローランズは「きみに読む物語」2004の認知症の老女で知った若い方も多いと思います。27年の時間経過が彼女のイメージを変えてしまった無常を感じます。因みに「きみに読む・・・」の監督ニック・カサベテスは二人の息子だったりしますので、人材の血筋というものへの感慨も。
1980年のNYの街の空気と、その時とびっきり格好よかった43歳女の姿を確かめたかったら、映画「グロリア」を再生してみると良いでしょう。