「ブラックブック」2007

kaoru11072007-12-19

デ・パルマの「ブラック・ダリア」と紛らわしいですが、こっちは久々のポール・ヴァーホーヴェン作品。これは好きです。私の評価は非常に高いです。今年観た洋画ではNo.1と言えるでしょう。それほどに見事でした。
日本人には馴染みの薄いドイツ占領下のオランダが舞台。しかも在蘭ユダヤ女性をヒロインに据えた、その運命と闘いの物語。2時間を超える長尺ですが、波瀾万丈の展開で飽きさせる暇を与えません。“ハイクオリティ講談”とでも呼べる娯楽性豊かな語り口。しかも、史実を基にしたシナリオだけに重く深く思いを馳せさせる重厚さを併せ持っています。人生の辛辣と残酷、そして尊厳と逞しさの物語。見事な出来栄え。
でも「ロボコップヴァーホーヴェンらしく、下品で悪趣味な風情も垣間見えますので、格調高いとは言い難い要素もあって、そこが嫌な方もいるでしょうね・・・。所謂ベストテンものには入ってこないかもしれません。


シナリオも演出も高品質ですが、何よりヒロインを演じたカリス・ファン・ハウテン。彼女の素晴らしさが本作の生命線でしょう。綺麗で可愛く、逞しくて優しく、しんどい運命に涙するよりも常に闘いを挑んでいくしなやかで苛烈なヒロイン像。私にはとても新鮮でした。

1944年のオランダ。独軍の占領下、若く美しいユダヤ人歌手のラヘルは、アンネのように隠れ家生活を余儀なくされていた。そんな世間の片隅にも独軍の追手は迫り、隠れ家は爆破され南部へと逃亡せざるを得なくなる。離れ離れだった家族と共に脱出を図るがそこも急襲されただひとり生き残る。やがてオランダ人のレジスタンス一派に救われたラヘルは名をエリスと偽り、そこで活動することになる。そしてドイツ軍情報局の将校ムンツェに接近。潜入スパイとして危険を承知の任務に就く。そこでラヘルが知ることになるユダヤ人迫害の真相。そして敗戦に傾きつつあるドイツ軍にも、レジスタンス内部にも人間の二面性と裏切りが潜む現実。二転三転する攻防の中、幾度も危険に晒され、ギリギリの局面を生き抜くラヘルの運命はどう決着するのか・・・。

戦争映画のように見えてそうではない。ナチスに迫害されるユダヤの哀しみの物語かというと決してそうではない。映画の組み立ては、間違いなく二転三転するサスペンス・ミステリー。物語を前進させるための方便として荒唐無稽さは持っていますが、個々のパーツやエレメントには事実の重みがきちんと張り付いています。
何より全キャラクターの造形がしっかりとしています。決してステロタイプで配置したような主要人物がいません。一人一人の人格と人物像をしっかり描きこんでいるので荒唐無稽が上滑りしないのです。残酷なナチの上官が美しい音楽を愛したり、蘭人レジスタンスがユダヤを罵ったり、終戦後はナチスより残酷な蘭人が出てきたり、スピーディな展開の中にも人間の多面性をちゃんと描いていて、イデオロギーの罠にも堕ちていません。作家が思想より人間の真実を愛していることが実感できました。嗚呼、だから私は本作が好きなんですね。


新星カリス・ファン・ハウテンは、この過激な役どころにまったく躊躇も遠慮もせずまさに体当たり。そこまでやるのか、という絵空事の人物像を真実味を持って演じきっています。きっとハリウッドは彼女をこのまま放置はしないでしょう。きっと近いうちに彼女のハリウッド作が誕生するのではないかと思います。

ヴァーホーヴェン監督は常に一筋縄ではいなかい作品を作り続ける曲者監督。オランダの映画作家だったことを改めて認識しました。「ロボコップ」の頃から思っていましたが、人間を見据える目線が共感度が高いのです。似たようなものの見方をする方なのかもしれません。ただし、その悪趣味性にはちょっと距離を置きたくなる瞬間もなくはないですが(笑)。