「天然コケッコー」2007


昨年は、私の大好きな「リンダリンダリンダ」2005を撮った山下淳弘のあたり年。「松ヶ根乱射事件」の皮肉な面白さもよかったけれど、ストンと観る者の心に素敵なものを届けてくれたのは本作でした。
くらもちふさこの後期代表作を、「メゾン・ド・ヒミコ」2005の渡辺あやがシナリオ化して映像化された本作。田舎の小さな村に住む中学生:そよを主人公に、彼女をとりまく人々との日常を丁寧に、ユーモラスに、静謐に描いて清々しい。特段ドラマティックな展開はない。それでも映画を観る楽しさと愉快さがしっかりと詰まっています。
ヒロインを演じた夏帆の、十代の少女だけが演じられる息遣い。ロケーション先の島根の田園風景の美しさ。ありきたりなメルヘンに堕すことなく当たり前の大人の現実を見据えたリアリティ。映画を構成する各要素を、まっとうな美意識と常識感でちゃんと紡いだ誠実な制作姿勢がありました。


1970年代の別冊マーガレット(「別マ」)は実に面白いコンテンツでした。愛読書でした。その執筆陣の中で明らかなトップランナーだったのが、くらもちふさこ。 「おしゃべり階段」「いつもポケットにショパン」等彼女の前期作品は実に面白かった。くらもち作品の面白さは、ストーリー展開の牽引力ではありません。思春期の少女の視点で捉えた日常批評、とでもいうような味わいが独特でした。初恋物語という器に盛られた瑞々しいエッセイのような、と例えましょうか。

後期作品は殆ど読んでいません。この「天然コケッコー」も、前期作品と絵柄が変化したこともあって手にとったことはありませんでした。でも、原作を読まずとも、くらもち作品のエッセンス、その味わいはきちんと映画の中に閉じ込められているとわかります。かつての読者なら。
観賞後ずっとそう思っていましたが、脚本の渡辺あやがくらもち宛てに記した脚色承諾依頼の手紙を読んで確信できました。自分と同じように感じ、映像化を目指したスタッフがいたからこそ、この味わいが生まれたのだと。
その手紙の文面を全文転記させていただくことで、すべては語られると思います。名文です。

……(以下引用)

くらもちふさこさま

突然お便り申し上げる失礼をお許しください。はじめまして。渡辺あやと申します。このたび「天然コケッコー」映画化企画書に、脚色担当候補として名前を並べて頂くこととなりました。
10代の頃、まるで恋にうかされるかのように、そのひとの作品を読むために毎月別マを買いに自転車を走らせていた、その憧れの作者がさらにその後、全く新たな境地を切り開き、長い月日をかけて完成された大傑作。「天然コケッコー」は私にとって、本来、触れるにはおそれ多すぎる、偉大なバイブルとして心酔してきた作品でもありながら、映画に関わる人間として、もしこの作品がいつか映画化されることがあるなら、出来れば脚本で、ダメならロケ地のボランティアスタッフでもいいから、必ず必ず、参加したいと思い続けてきました。
一口に脚色と言っても、原作によって仕事の内容は自ずと変わってきます。もし、私に「天然コケッコー」の脚色がゆるされるとしたら、私という脚本家の爪跡がどこにも残らないような作業をしたいと思っています。原作の輝きをあるがまま、可能な限り正確に映像に転写すること、あくまでも、その上で劇場映画として成立させること、というのが私にとって最大の課題となるでしょうし、また監督含めスタッフにも、同じことを求めたいと考えています。
そよちゃんたちを育む太陽や海や土のように、また、彼らの物語を見守る目線のように、存在の力を信じ、時の流れを愛し、やさしく、けれど厳然と、映画もまた、育てられてゆくべきであるように感じております。
ずっとファンとして、くらもちさんの作品群を追いかけながら、私は、はかりしれないほどたくさんのことを教わり続けてきました。能天気なただの一読者であった頃と、ストーリーテラーとして創作の現場の隅っこで煩悶する現在とでは、教わる内容は様々に変わっていきながら、それでも、一貫して変わらないこともあります。
それは、日常の細部に夢をみる力、のようなもの。最高にすてきなことは、最悪に退屈な自分の日常のすぐ隣にひそんでいるのかもしれない、と想像してみる練習を、私はくらもちさんの作品を読むことによって、自然に繰り返させて頂いてきたように思います。ヒトの知性とは、おそらくそういうことのためにあり、私の思う文化とは、誰かのそれを一緒に盛り上げるお手伝いをするものです。
天然コケッコー」を映画に出来るなら、観たことによって、誰かの退屈な視界が一気に彩度を増すような、そんな作品を目指したいと考えています。僭越ながら、脚本を私の手にゆだねることをおゆるし頂けたら、こんなに嬉しいことはありません。あくまでも第一案ではありますが、プロットを添付いたしますので、そちらもご参照のうえ、ご検討よろしくお願い致します。お便り差し上げられたこと、本当に光栄でした。それでは。
渡辺あや