「ニキータ」1990

もう20年近く前の作品になってしまったリュック・ベッソンの代表作。自らの脚本を当時の妻アンヌ・パリローをヒロインに創造した極上の1本。荒唐無稽な娯楽アクションに過ぎないのに、そこに詰め込まれた豊穣さと美しさはどうだろう。プロットの細部は様々な映画からの引用応用で構築されているはずなのに、結局「ニキータ」という新しい創作として確立している。まったくのオリジナルを生み出すことが難しくなった情報過多の現代において、ハイブリッドが新たな独創に転換するお手本のようにも思えます。

物語のベースは所謂“ピグマリオン伝説”。先行する代表映画は「マイ・フェア・レディ」と「スケバン刑事」。無教養で貧相な無頼の少女が高いハードルを課され指導を受け、洗練されたレディとして新たな人生に踏み出していく。これに秘密工作員&殺し屋のミッションを掛け合わせアクション全開、ワクワクするお話を構成。そこそこの興行期待を抱かせるプロットの誕生。それだけなら其処どまりですが、本作は視覚的な美をふんだんに注入することで、魅力のゲージを撥ね上げています。美とは、単に絵画的なものの意ではなく、ヒロイン:ニキータの心情感情を目で見せていくことを指します。劇中、ヒロインは心中を殆ど言葉で語ることはない。それでも彼女の絶望、高揚、焦燥、諦観、それらがストレートに観るものに伝わる見事さ。それで120分を切っている構成のタイトさ。いかに無駄なく引き締まった豊かなコンテンツであることか。

いくつかのエピソードの中で誰の目にも出色なのが、中盤のレストランの銃撃戦と後半にあるバスルームからの狙撃。ガンアクション演出としても及第点ながら、そこにヒロインの感情の落差を重ね合わせる効果が抜群。例えばそれは、生まれて初めての他人から貰った誕生プレゼントの正体が及ぼす落差。恋人からの真摯な愛情の告白を聞きながら自分が行う行為の落差。アクションと感情がズレて重なること、それを説明抜きに伝えるということ。これこそ映画を観る醍醐味。ベッソンの才能がフランス内にとどまらずハリウッドに招聘されたことも当然の出来栄え。米映画としてリメイクされた「アサシン暗・殺・者」1993が省みられることない凡作に終わったことも、このオリジナルに込められた豊穣さを示します。

ニキータ [DVD]

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この映画、序盤にヒロインの犯行シーンを正面から描いています。その映画的記憶があるからこそ、観客がニキータにどれほど感情移入をしようとも、彼女が不幸の淵を抜け出せないことを受け入れざるを得ない構造を形成しています。また、名女優ジャンヌ・モローが女性の美をヒロインに伝えていく中で老醜というものをさりげなく印象付けていることが、単に可愛いヒロインを愉しむ視線を単調なものにしていません。偶然も含めて複雑性を確保できている訳です。そして、ヒロイン不在のラストシーン。彼女をめぐる二人の男の静かな会話のみ。ブツッと途切れたようなエンディング。その粋こそ、フランス映画の伝統でもある。娯楽映画に過ぎないとはいえ、観ておくべき1本に加えたいと思います。