「勇者たちの戦場」2006


今年の年明けに公開され、興行成績が振るわなかったと聞きます。不入りだったのは米国でも同様だそうで。誰しも“見つめるのが辛い映画”はあり、戦争も経済も正義の大国という自信が崩れつつある合衆国民にとってこの秀作はまさにそれ。イラク派兵の現場で地獄を垣間見た志願兵たちのアフター・ウォーの物語です。現在進行形の戦争ゆえ、ノスタルジーで美化することもできません。大物サミュエル・L・ジャクソンや新進のジェシカ・ビールをキャストした娯楽映画の構えながら、ラストシーンを除けば極めてシビアな現実感で埋め尽くしています。日本でも米国でも、平和ボケした市民感覚の安易な想像と労いがいかに陳腐かを思い知らせてくれる紛れもない秀作ながら、これはヒットしないです。
間もなく帰還予定と聞かされた小隊が、イラクのある町に医療物資を届けに行かされる。帰還前の気楽なミッションのはずだったが、突如ゲリラの襲撃に直面。目の前で親友を射殺される者、民間人を識別し損ない射撃する者、体の一部を吹き飛ばされる者、それらの治療に翻弄される軍医・・・。危機を潜り抜け生き残った彼ら米兵士はやがてそれそれの故郷へと帰還する。家庭や職場、恋人や妻と離れていたのは1年にも満たない。どれほど帰りたいと思ったことか。しかし、あの砂漠の戦場の極限を体験した彼らは、平和で平穏な生活感覚と自分の内面のギャップの大きさを思い知る。そんな切実な物語。戦争の是非を問うのではなく、そうした現実に身を置く人間はいるということ、その個人にとっての事実と切実が私たちのすぐ隣にあるということ、それは自分の大切な人に訪れるかもしれないし、私の明日かもしれない。監督アーウィン・ウィンクラーはそう伝えたかったに違いない。

特殊撮影も特殊メイクも、戦場の臨場感と負傷という現実を描写することにのみ奉仕しています。きっとこれでも奇麗事なのでしょうが、その描写力は見事です。そして何より、主人公たちが帰還してからの日常描写の厳しさ。心の中にトラブルを抱えることで、日常は姿を変えるということを丁寧に映像で見せてくれます。特に印象的なのが右腕に深刻な負傷を負ったジェシカ・ビール演ずる女兵士のエピソード。モノローグなど用いなくとも、彼女の苛立ちとため息が伝わってきます。かつての恋人とも打ち解けられない彼女が、戦場で一緒だった帰還兵と出合った瞬間、共感をもってお喋りを始めるシーンは秀逸。
そう、健全な人間関係と健全なコミュニケーションは常に共感が基盤になるのです。戦場のトラウマがもたらす病とは、この共感関係の壊れなのでしょう。“あの地獄を経験した人間にしかわかるはずがない”と思えば人は心を閉ざすしかありません。他者を壊すか自壊するか・・・。でもそういう現実が存在することからは逃げられない。日本と日本人が前の敗戦で味わった精神的な病に、米国市民も気付き出しています。最初はベトナムで、次はイラクとNYで。
ラストは甘いのかもしれません。しかし、それも現実にあり得る形ですし、そういう希望がなければ誰も生きてはいけません。極限の共感を共有し得ないとしても、それでも互いを思いやり手をとりあえるのが人間であると信じたいです。

勇者たちの戦場 [DVD]

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