「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」2007

この数年で随分米国のメッキは剥がれたと思っています。しかし、こんな映画を見せられると、アメリカを舐めてはいけないと思い知らされます。ハリウッドはそうそう薄っぺらではありません。トム・ハンクス自身が製作にも参加して主演、「卒業」1967のマイク・ニコルズが監督。一風変わった視点から戦争の本質を顕在化してくれます。実在の政治家と歴史事実に基づく物語、多くの日本人にとって実は知識不足のアフガン戦争が題材のため、どうも宣伝には苦慮した様子。軽妙な政治風刺コメディとしてのCMが流れてました。すっかりそう思い込んでましたがとんでもない。そんないい加減な映画ではありませんでした。

1979年12月、ソ連軍のアフガニスタン侵攻の報道の断片は憶えています。しかしどのような世界情勢によって生じたものか、現地では実際に何が起きていたのか、多くの日本人にとってはよくわからなかったはずです。ソ連への抗議の意味で直後のモスクワ五輪を西側諸国がボイコット。日本も同調したため、出場予定だった選手の涙がニュース画面を飾っていました。私の記憶もその程度。いかに恥ずべき不見識だったことか。当時のアフガン国民がどんな辛酸を味わっていたのか、私は当時何も知りませんでした。
テキサス選出の下院議員チャーリー・ウィルソンは、いささか品位に欠く俗物。たまたま国防歳出委員会に関与する立場にあった。1980年、彼は現地の実情を知りアフガン支援の秘密予算の大幅増額を図る。要するにアフガニスタンを水面下で支援してソ連に対抗する極秘戦争を推進する立役者になっていく。当時誰も知らなかった水面下の米ソ戦。結果的に1987年にソ連はアフガンから完全撤退。そしてソ連の体制は崩壊へと向かう…。この映画は、俗物政治家がこの戦争をどのように遂行したかを軽快にダイジェストして見せてくれる。

トム・ハンクス演ずる主人公チャーリーの描写はコメディの味わいが基調。しかしパキスタンの難民キャンプ視察のシーンは胸を衝かれる悲惨と残虐をストレートに主張。ソ連攻撃ヘリが市民を殺戮する映像のインパクトなど、本作をどういったジャンルに位置づければよいかわからなくなります。その意味でひどく収まりの悪い映画かもしれません。まして、アフガニスタンパキスタンイスラエル、エジプトの相互関係や米国との関係、といった基礎知識がないと何がなんだわからない状態になると思います。やっぱり日本人には馴染みにくい映画です。
しかし、この映画の価値の本質は、ラストに至って明らかになるしかけ。米国は80年代にアフガニスタンの支援者として水面化の米ソ戦を闘った訳です。しかし、9.11以後、米国はアフガニスタンにてテロとの戦いを実行しています。そもそも9.11を引き起こしたものとは何なのか。チャーリーがアフガンの民を辛酸から救いたいと切に願った事実は、何故9.11へ、アフガン攻撃へと歴史の流れに影響するのだろうか? その歴史の皮肉。人類は進化できないのかという絶望の表現を試みます。このラスト15分をハリウッドが描いたという事実。知的表現としての映画はこういうこともできるのです。

米国議会がこのような形で世界の紛争に介入していた構図には、関心させられますし恐ろしいとも思います。そして戦争とは経済活動の一形態でもある、という俯瞰した事実も再認識させられました。これは戦争をマクロで描いたものとして観るべき価値があります。戦争の現場は常に悲惨と残酷が詰まっていて、それもミクロ視点の真実です。少なくとも本作は、その二つの視点を考えさせられます。そして何と言ってもCIAの担当官を演ずるフィリップ・シーモア・ホフマンの強烈な存在感はどうだろう。彼の演技を観るだけでも価値があります。世評は決して高くありませんが、私はこの映画に価値を置きます。

チャーリー・ウィルソンズ・ウォー [DVD]

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