「冬の華」1978

当時既にTVドラマ脚本家として大御所だった倉本聰が、ファンである高倉健のために書き下ろしたオリジナルシナリオ。それを降旗康男が監督した東映映画。このトリオは1980年に「駅STATION」という傑作も生み出しましたがこっちもなかなか。私は大好きです。

長谷川伸を基礎とした、義理人情の狭間に引き裂かれる男のストイックな美学を描く任侠映画やくざ映画は1960年代の東映のドル箱でした。そんな“正義のやくざ”たちのヒロイズムは、高倉健をスターダムにのし上げました。例えば「昭和残侠伝」シリーズ。クライマックスの殴りこみに向かう道行の場面など、何度見てもしびれてしまう。70年安保世代にも支持されたこの路線は、「仁義なき戦い」1973の衝撃的登場でかき消されてしまう。短絡的な欲望に突き動かされるリアルな群像劇は“実録路線”と呼ばれ、禁欲的なモラリストであるやくざというお伽噺は、70年代半ばに消滅したのです。この「冬の華」はその数年後に、事実上健さん最後のやくざ映画として公開されました。時代に取り残されたヒーローとしてのやくざが、現在に帰還した上で、やくざ映画に訣別するかのようなイメージを結晶しています。

冬の華 [DVD]

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15年前、組を裏切った先輩組員(池部良)を刺殺した秀治(高倉健)は、服役中ずっと異国に住む篤志家として、殺した男の幼い娘・洋子に生活費を送り陰ながら支援していた。出所した秀治は変化したやくざの世界との微妙なズレを感じながら足を洗うことを考え始める。しかし組は再び抗争に巻き込まれる。恩義ある親分(藤田進)が殺され、その息子(北大路欣也)に危機が迫り、秀治の運命は再び15年前と同じ道に向かって転がり始める。彼は美しく成長した洋子(池上季実子)と会う事ができるのか・・・。
倉本聰のシナリオが非常に巧み。当時の時代のリアルを風俗として散りばめながら、往年の仁侠映画のパターンをきちんとトレースしている構成が完璧。脚本執筆のお手本のような構造です。キャストも豪華。今や中高年俳優で人気の高い小林稔侍は、本作でひと言もセリフがない役柄ながら強烈な存在感を示し、ここから台頭したものです。
敢えて弱点を挙げるならば、“足長おじさん”を下敷きにしたことで、女子高生・洋子の描写があまりに浮世離れしたお嬢様的なものになっている部分。ここは当時でも浮いており、完全なおじさん目線の美化に偏り過ぎ。それでもこれは、洋子の生活のリアルを描くというより秀治の心象風景という解釈でしょう。やくざ稼業のやりきれなさに引き裂かれる男が一筋の清廉な光に救いを求めるシンボル。それが見事にクライマックスの道行きシーンで効果を発揮します。チャイコフスキーのピアノコンチェルトをバックに向き合う秀治と洋子のすれ違い、秀治の懐には一晩磨いたドス・・・。これも極めつけの名場面です。私は、この40代半ばの健さんが一番好きなのです。