「ブラック・レイン」1989

公開から20年が経過したが、実はずっと未見でした。リドリー・スコットが大阪ロケで撮るサスペンスアクション。マイケル・ダグラス高倉健の共演、当時旬のアンディ・ガルシアの出演等々。ワクワクさせる話題は尽きなかった。しかし、それらすべてを凌駕した故松田優作の存在感。当時も今も、この映画が語り草になるとしたら松田演ずる新世代のヤクザ“佐藤浩史”の存在感に尽きる。

ブレードランナー」1982から10年も経過していない時点での製作ゆえ、リドリー・スコットが描く大阪の街は、予測の範囲内。こう描くのだろうな、と思った通りのビジュアル設計。日本を知らない欧米人には、「ブレードランナー」の未来都市とさほど違いは感じないでしょう。あまり頓珍漢な日本描写は排除してあるので、日本人にとってもまずまず安心して観ることができる。それでもショット内に無理やり配置された漢字の縦書き文字は、その意図に共感できかねるものがありました。リドリー・スコットをしてもこの程度。

写真はすべて(C) Paramount Pictures,Pegasus Film Partners 1989
映画全体は、私には物足りなかった。日本を舞台にした特殊なビジュアルインパクトを除くと、ドラマの構築に厳しさが足りないように思える。日本側の主人公たる高倉健の存在にいまひとつヒロイズムが加えられていないこともある。なんとなく曖昧なままにドラマが進行してしまう甘さ、そんなものを感じてしまいました。20年前に観ていたら違うとも思えない。そこは少し残念。
しかし、それらを承知の上だとしても、やはり松田優作である。この演技は誰が見ても凄いとわかる。また観たいと思わせる。マイケル・ダグラスがハリウッド関係者への窓口になると申し出たとか、本作公開直前にはロバート・デ・ニーロ監督作へのオファーが寄せられたとか、本作撮影時から周囲に与えたインパクトは相当なものがあったのは間違いない。

松田演じた“佐藤浩史”は、旧世代やくざの仁義を守らず、彼独自の価値観と欲望にのみ従って行動する凶悪なヤクザ。“ブラック・レイン”とは、米国が日本に落とした原爆から降り注いだ黒い雨。占領政策以降、米国から与えられた経済効率一辺倒の価値観に染まってしまった日本と日本人をその雨に象徴させたタイトル。そこから生まれた鬼子が“佐藤”という男。その常識の通じない凶悪さを数分で印象付けた、映画冒頭のレストランのシーンは圧巻。
贔屓目のコメントですが、この松田=佐藤が20年前に登場しなかったら、「ノーカントリー」2007も「ダークナイト」2008も無かったのではないだろうか? 加えて「ダークナイト」のヒース・レンジャーが映画公開時に夭逝したのも松田のトレースと考えるのは、あまりに妄想的だろうか?
松田優作は本作の撮影に入る時点で、癌罹患を告知されていた。一刻も早い休養と治療が勧められたが、松田は出演を強行したそうである。そして、映画公開直前に夭逝してしまった。日本のファンのみならず、瞠目したハリウッド関係者が観続けたいと願った彼の新たな演技は永遠に失われた。「ブラック・レイン」の輝きの代償だったとは考えたくはないのですが。

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