「スタイル・オブ・市川崑」2008・DVD

市川崑監督の映像作品集DVDを購入しました。通常の映画作品ではない短編や演出されたCM群を収録した特殊なコンテンツ集。昨秋発売されたことは知ってましたが、今回急ぎ入手したのは、大原麗子の訃報。このDVDには、あのサントリーレッドのCM集が収められているからです。

1980年に初放映されたサントリーの広告CM。博報堂の名物クリエイター故藤井達朗の絵コンテ、名手村木忍の美術を背景に、市川崑が演出したサントリーレッドのCMです。「少し愛して、長く愛して」のコピーはヒロインを演ずる大原麗子のハスキーなナレーションで圧倒的に世情に浸透しました。残念ながら、シリーズ第1作の「雷編」は未収録ですが、同じ80年放映の2作目「リュック編」以降の多くのバリエーションを一挙に視聴することができます。この市川・大原コンビによる同シリーズは1990年まで10年間のロングランとなりました(89年からはオールドに移行)。何事も1クール3ヵ月でめまぐるしい栄枯衰勢を繰り返すTV業界において、これがいかに凄い成果であるかを示します。

カメラマンらしき男の帰宅を待ちわびる(おそらくは)妻の日常風景、というコンセプト。ほとんどのシーンは彼女しか映さない。ヒロインは常に和服で家事を専らとする、30年くらい前の“可愛い妻”という風情。“愛人”という解釈も可能な曖昧性が担保されてますが、薬指の指輪を描く一編がありますのでこれは奥さん、と理解します。「あったらいいね、という夢の世界」と糸井重里が表現したように、少し前の男どもが心のどこかで憧れを抱いた風景の具現化でもありました。
それだけなら10年もの支持を得られたはずはありません。この映像に強い力と光を込めたのは、やはり故大原麗子の演技。その表情と仕草と声。それに異論はないでしょう。可愛い女、をこれみよがしに演ずるだけなら女性視聴者の支持などあり得ない。80年代初頭、既に“ブリっ子”という言葉は日常にあり、男の帰りを待つのみの専業主婦像は旧時代ものでした。それでもこのCMの“可愛い女”像は支持を得たのです。恵まれた容姿、印象深い声の奥底に、どこか両性具有的というか、男性的な心性を秘めた女の可愛さとでもいえる個性が不思議なインパクトを残しています。

人気を決定づけたのは1981年春に放映された「仲直り編」だと思います。たとえ独断と言われても。夫婦喧嘩の果ての苛立ちに、指輪を投げ捨てカメラを睨みつけて家を飛び出すヒロイン。外は雨。市川崑名物の軒先を真上から俯瞰した、屋根瓦なめの路地のショット。そこに飛び出す女。わずかな時間の映像ドラマに劇場作品並みの時空の広がりを与えます。場面転換、静かに開くふすま。彼女の固い表情が仲直りの笑みへの変化を見せる。間髪入れず商品カットに切り替わり、あの名コピーのナレーション。30秒間に描かれたその瑞々しい完成度。才気溢れる演出に、極めつけの役どころをえた旬の女優がフィルムに焼き付いています。紛れもない大原麗子の代表作がここにあります。