「悪魔の手毬唄」1977

またしても市川崑です。1960年代に既に日本映画の巨匠となっていた市川監督が、70年代半ばから急に大衆娯楽ミステリーを手がけます。しかも原作は横溝正史金田一耕助もの。当時は松本清張に代表されるリアル社会派推理が映画原作としても主流で、江戸川乱歩や横溝のように閉じた物語世界内の耽美や恐怖を味わう娯楽ミステリーは時代遅れと思われていました。そこに目覚しい成果を挙げてくれたのが、この「金田一シリーズ」。全5作のうちの2作目が「悪魔の手毬唄」で、これが最良の出来栄え。

もう30年以上昔のことです。かつて日本の娯楽映画大作は大手映画会社のみが独占展開していたジャンルでした。しかし70年代は邦画の斜陽化が進み各社は意欲も体力も失い、威勢の良い大作が減少。そこに割って入ったのが角川書店の若き社長角川春樹氏。日本のインディペンデント系プロデューサーの代表格となって始動しました。その公開第一作が「犬神家の一族」1976。洗練された大量露出宣伝をテコに大ヒット。そこから約10年間の日本映画をいろんな意味で牽引しました。今日TV局制作ヒット狙い映画の展開手法は、概ね往年の角川映画の先鞭を参考にしています。
批評的には攻撃され続けた(当時の)角川映画でしたが、私は支持してました。その根っこは、横溝ミステリーと巨匠監督市川崑を平然と掛け合わせてくるセンスにありました。70年代の常識感として、既に巨匠名匠と評される監督が、ヒット狙いの娯楽大作を手がけるなんてまずなかったです。それを仕掛けたプロデューサーも偉いけれど、受けて立った巨匠も凄い。しかも市川監督はシリーズ化までやってみせたのです。これには影響されました。

悪魔の手毬唄 [DVD]

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悪魔の手毬唄」は角川春樹の手を離れ純粋に東宝の企画制作となっていますが、原作・監督・主要キャストは「犬神家・・・」からそのまま継続していて明確なシリーズでした。ヒット狙いの連作を続ければどこかで歪みが生じていくもので、このシリーズも例外ではないですが、この2作目はタイミング的に絶妙なところで生まれたのでしょう。非常に見事な脚本、演出、キャストの演技がはまりまくってました。ラスト20分くらいの展開って、きっと一生憶えてますもん。娯楽推理劇なのに、素晴らしい情感描写。
市川節といえるテンポ重視の極端に早いカッティングや、まだ貧しかった戦後日本の風景をロングで捉える空気感の切り取りなどが冴えわたったこともさることながら、この映画はキャストの魅力です。岸恵子若山富三郎の二人が素晴らしい。その二人をつなぐ金田一役の石坂浩二の味わいがまた丁度良いバランス。ミステリなのでストーリーには触れませんが、この岸・若山が出した情感の素晴らしさは格別でした。市川崑は以前から、キャスティングが成否の80%を決めると言われてましたがそれを立証した作品のひとつでしょう。それもまた巨匠のアイデンティティでもありまして、市川演出でなければ名優もまた本気で横溝モノを演じて見せようとは思わなかったかもしれません。その意味でも、名匠と呼ばれるクラスのクリエイターが、俗な仕事に本気を出してみせるという取り組みは、ジャンルを豊穣なものにする大きな推進力があるのです。