「火の魚」2009

とっくに絶望してたTVドラマですが、時に鮮やかな光を放つ作品に出会うことがあります。ここ1年ほどに観た劇映画を含む国産の映像劇で、私には最良の作品でした。
映画とTVドラマの差異は、もはや映像技術ではなく興行形態の違いしかないと思っています。このNHK広島制作53分の単発ドラマは、中篇映画としてシネコンにかけても十分な質感です。芸術祭大賞も当然の出来栄え。

原作・シナリオ・キャスト・美術・音楽・演出、すべてがこれしかないという衝突と調和を見せる。些か言い過ぎかもしれないが、そう思えてしまう。室生犀星の小説からエッセンスを注意深く抽出し、丁寧に人物設定の中に描きこむ。その愛情と節度の鮮やかさ、美しさ。
何と言っても脚本の渡辺あや。その感性の突出。「天然コケッコー」2007でもおぼろげに感じましたが、今回は鮮やか。セリフの魅力をこれほどに感じさせるドラマは久し振りでした。特に尾野真千子演ずる折見とち子のセリフは、女優の旬ともあいまって品格と知性を感じます。それを受けとめ押し返す、原田芳雄の存在が見事。二人の対話劇をして、渡辺あやは“格闘技”のつもりで書いたと述べるのもうなずけます。
しかし、格闘技に見えて、それはやがて宝石のような人間の愛情の交感へとステージを変えていきます。クライマックスでのセリフの節度こそ、長いこと日本映画が忘れている無形の美。自分以外の誰かを大事に思うことは、“アイ・ラブ・ユー”で伝わるものではないのです。恋愛など皆無の物語なのに、観終われば純なラブシーンの残像が焼き付きました。

加えて、砂浜に描いた絵や、影絵の人形劇のショットの素晴らしさ。対話劇のみならず、ドラマ舞台を豊かに奥行き深く構築していった、その美学にも酔わされました。それだけの要素が詰まったわずか53分。これは日本のテレビメディアが生み出した、誇ってよいコンテンツのあり方でした。