「キングダム・見えざる敵」2007

私のように超ドメスティックな日常を過ごし、目の前の諸事ばかりに没頭していると、世界の現実に我が身を重ねることを忘れがちです。例えばサウジアラビアに生きる人々の現実を想像するなど思いもよりません。私も平和ボケした日本人のひとりと反省します。
2007年公開の本作は、ハリウッド発のアクション映画の設えながら、サウジとアメリカのリアルな関係性を背景に、“テロとの闘い”が内包する浅薄さと絶望をシャープに埋め込んで見応えがありました。娯楽アクションというジャンルゆえ、政治的な立ち位置をはじめ様々な批判もありますが、大衆娯楽コンテンツにこれだけ真面目な志を内包させる心意気には共感です。

サウジアラビアの首都リヤドの外国人居住区−幸せな風景が一転、突如鳴り響く爆発音。自爆テロが勃発した。首謀者はアルカイダ・メンバーのアブ・ハムザと目される中、両国外交筋は穏やかな解決を望んでいたが、FBI捜査官ロナルド・フルーリージェイミー・フォックス)だけは違った…。死傷者300人を越える犠牲者の中に仲間のFBI捜査官も含まれていたのだ。直ちに捜査に向けて4人の精鋭チームを結成。テロの黒幕の本拠地を突き止めるべく、ホワイトハウスそして国防省と交渉。たった5日という期限付きながら、サウジアラビアへの極秘捜査の許可を得るが…(以上公式HPより一部転載)
映画冒頭の数分間、サウジアラビア王国と合衆国の関係を軸にしたアラブ情勢の現代史経緯がコンパクトに説明されますが、これがお見事。これからのドラマ展開を味合う予備知識の供給ですが、国際ニュースを見ても混乱する事象が(乱暴な省略はあれど)端的に把握できます。これは便利。
やはり我々が驚くのは、サウジが「王国」である事実。莫大なオイルマネーは決して国民全体の富ではないという事実。イスラム世界と真っ向対立するはずのアメリカとが手を携える合理と歴史の皮肉。結局、9.11の背景には何が横たわっているのかに、私のように無知な観客すらも思いを馳せざるを得なくなります。本作を観て戦慄を覚えるのは、ガンアクション演出がサスペンスフルだからだけではないのです。

観客が感情移入するのはあくまで王国に乗り込むFBIの精鋭たち。彼らが味わうカルチャーギャップから、この皮肉な物語に入り込んでいく訳ですが、やはり中盤以降からグイグイ胸に迫ってくるのはアシュラフ・バルフム演ずるサウジ警察幹部の心情描写。彼を米国シンパ的なポジションに置くことは確かにお約束ですが、そこに米国TV映画の影響を描くことで不自然さを中和します。そのあたり細やかな配慮が行き届いた脚本にも感心します。
紅一点ジェニファー・ガーナー演ずるFBIの女性は、ボディラインも露わなTシャツ姿でありながら、あまりトラブルを招くシーンが思いのほかすくないです。何となく「?」と思ってましたが、最近サウジから帰国されたソフィアバンクの藤沢久美さんにお訊ねしたところ、海外からの客であってもそんな格好で人前に出ることなどあり得ない、と教えていただきました。成る程、あまりにリアリティがないことなので視覚効果のひとつということかと腑に落ちました。それほどに我々の世界とは社会通念が異なる訳です。

ラスト30分のアクションは相当な見応えですが、ここは娯楽映画としてのお約束。多少は割り引いて観たほうが良いでしょう。それでも復讐の連鎖という皮肉への目配りは忘れないセンスが光ります。やはりハリウッドを侮ってはいけません。こうして映画を愉しみながらも、世界に想いを馳せることは怠らないようにしよう、そう反省するこの頃です。