「テス」 : とびっきりの悲しい美しさ

kaoru11072006-08-27

79年の作品。学生時代に見逃していてそれっきりでした。
ビデオ化されてもあまり画質が良くなかったようで、紀伊國屋書店から出たDVDのプレミアムエディションを購入して、ようやく観る事が出来ました。


原作は英文学の名作、トマス・ハーディ「ダーバヴィル家のテス」。かなり忠実に映像化しています。
貧しい家に育った一人の娘が、その美しさ故に幸福を掴めないで終わる悲劇。

自堕落な父親が“あんたは名家の係累らしい”などと言う言葉を真に受けなければ、その娘テスがそれほどまでに美しくなければ、そして女性の人生に対する倫理観の匙加減がほんの少しでも違っていたら、と思わざるを得ない物語です。

テス プレミアム・エディション [DVD]

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約3時間にわたって、そういう救いの無い物語がゆったりと語られていきますので、乗れない方には辛いと思います。また、原作を端折っている部分など、エピソードのつながりの良くない部分もあり、完璧な映画とは言えません。
しかし、それを補って余りある美しさが、この映画の生命です。

観終わって、リアルタイムに劇場で観なかったことを本気で後悔しました。どこかのシネコンリバイバルしてくれないかと思います。劇場のワイドスクリーンで鑑賞すべき映画です。



19世紀末の英国の風景(撮影は別国だったそうですが)を丁寧に切り取っている画面の美しさとその季節感、隅々の登場人物の生活まで表現する衣装など、この映画は見事な“美術”として賞賛されてよいものだと思います。


そして、何より圧巻なのが、テスを演じるナスターシャ・キンスキーの美しさ。
まるでこの映画は、当時20歳の彼女の美に奉仕し、永遠に保存するために存在するかのようです。
一切の無駄や不純を削ぎ落とし、純粋に突き詰められた女性美の具象がそこにありました。


監督のロマン・ポランスキーは、彼女を主役に抜擢した瞬間に、演出上の小細工を一切やめようと思ったのではないでしょうか。
カメラは美しい風景の中で、あらゆるポジションからこの悲劇のヒロインをとらえています。奇をてらうことなく、彼女の動きと表情を見つめ続けます。

この悲劇の鍵になるヒロインの美しさとして、これほどの説得力はないと思います。


物語において、ヒロインは常に誠実に考え行動します。そして、忍耐強く努力し続けます。にもかかわらず、彼女は幸福から離れていくばかりです。
彼女を愛することで不幸にしてしまう2人の男性が登場しますが、彼らも決して悪人ではありません。演出上も彼らをステレオタイプで描くことはせず、共感しうる人物像に描いています。きっとその時代において、彼らでさえ当たり前の価値観の基に行動したのだと思えます。
社会通念としての恋愛観・倫理観は、これほどまでに女性の人生を縛るものであり、またそうした時代が長かったということです。
私たちの社会通念は、今後も変わることはないのでしょうか?


それにしてもこの映画のナスターシャは美しいです(他に表現のしようがない)。
残念ながら、この後の彼女はこれといった代表作を得ることがありませんでした。特典ディスクに近年撮影されたインタビュー映像が収録されていますが、・・・・・・です。
社会通念のみでなく、時の流れも残酷なものかもしれません。