「世の中にたえて桜のなかりせば」2022公開
苦くて辛い世界だけど、上を向いて行こう。
プライベートフィルムのような切実な想いを芯に、商業映画の口あたりの良さを衣にまとわせた料理のような映画。素材の味わいを損なわない配慮の行き届いた調理で、淡く清涼な甘さを、涙の苦さがキリリと引き締めています。
意図されたものでなくとも、”映画俳優・宝田明”の遺作に相応しい80分でした。
製作兼主演の大ベテランがこだわり抜いたテーマに、事実上の商業映画デビューとなる三宅伸行監督が格闘し、これまた映画演技初挑戦のアイドル・岩本蓮花(乃木坂46)が挑戦した。この映画に関わったすべての人が、節度と思いやりを貫いのだろうと感じました。観た人が大切にしたくなる、愛すべき映画になってました。
「満州に桜はなかったんです」
この台詞の重みを受けとめられる俳優さんが、今の日本に何人いるでしょう。
「行きたくないです、あんな学校なんか」
この台詞にリアルな心情を重ねられるのは、やはり10代のヒロインならでは。
翁と少女のささやかな交流。まっすぐなシナリオと演技が心地よい。
シンプルなクライマックスの趣向が効果的に花開く、計算の行き届いた構成と演出。
所謂アイドル映画であり、往年のスターの想い入れの映画であり、観る人すべてに人生への考察と、ほんの少しだけ前を向く勇気を与えてくれる物語。
故宝田明の俳優(虚像)と実像とが混然一体と表現され、17歳のアイドルの若き潔さが対比されます。相互に触発し合っただろう時間が、フィルムに残っています。素敵なものを垣間見させてもらいました。
映画公開直前に急逝された宝田明さん。銀幕の二枚目スターだった1960年代、スケール感豊かなミュージカル俳優にもなった70年代。その後も、大小さまざまな役柄で華やかな存在感を放ち続けました。”エンターテイナーかくあるべし”というサービス精神は、他者への優しさと心配りが本質にあったと思います。
日本映画が斜陽産業化した頃に思春期を迎えた私は、残念ながらその全盛期をオンタイムで体験していません。煌めく作品群に接したのは、後々の時代のことでした。
だからかもしれませんが、颯爽としたイケメンの表情の奥に、微かな陰りを感じていました。ほんの僅かな印象として、記憶の中に残っていました。
10年ほど以前、宝田さんご本人からお聞きした満州引上げ時の経験談。本作にも率直に埋め込まれています。あぁ、あの陰りは、人生が決して口当たりの良いものでないことをご存知故に醸し出されたものではないか、と思い至ったものでした。だからこそ、関わるひとすべてに配慮し、期待以上に楽しませることを信念とされていたのではないか。
今回、宝田プロデューサーは、その人生経験からの真情を『桜の映画』に込めたいと思われたとのこと。クリエイターとしての切実な想いが、このタイミングで結晶化されたのは、何と素敵なことでしょう。ご自身の信念の賜物であり、宝田企画の方々の真摯な成果に他ならないと思います。
敗戦直後のこの国にも、今現在のこの社会にも、ひどい出来事は沢山あります。時代それぞれに、ひとそれぞれに。それが人生。それでも、目線を上げて歩いて行こうよ、宝田さんがそう語りかけてきます。辛い思いは絶えない世界だけど、笑顔は忘れないで行こう、と。この映画は私たちへの応援歌ですね。
「ゴジラ」1954で初主演した映画俳優・宝田明の、キャリアの最後に表現した映画が「世の中にたえて桜のなかりせば」2022だったこと。
ポスターになっているメインビジュアル、ここには往年の大スターの姿はありません。それでも、本作は紛れもなく宝田明の映画です。
とても美しい、と思います。合掌。
※10年近く更新していなかったのですが、本作を視て、また書きたくなりました。この映画を鑑賞したいと思われる方がひとりでも増えることを願います。