「チャンス」1979

ずっと忘れられない、不思議な感慨をもたらす映画。名優ピーター・セラーズ晩年の傑作「チャンス」。

セラーズはこの年、アカデミー賞の主演賞にノミネートされましたが受賞はならず(確か、「クレイマー、クレイマー」のダスティン・ホフマン)。でも大ベテラン、メルビン・ダグラスが助演のオスカーを手にしています。


チャンス [DVD]

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ワシントンの旧い屋敷に住み込む初老の庭師チャンス(セラーズ)は、主人の死によって路頭に迷う。屋敷から出たことがなく無教養で無一文。外界との接点はTVのみ。そんな育ちのせいか本人の資質なのか、彼の雰囲気は何とも浮世離れしていた。
あるきっかけで、チャンスは米国政財界に影響力を持つ富豪ランド(ダグラス)とその妻(シャーリー・マクレーン)と知り合う。大統領をはじめ名士が集う彼らの屋敷で、何故かチャンスもその輪の中に加わることになってしまう。
庭木の手入れのことくらいしか知識のないチャンスと彼らのビミョウなコミュニケーションは、意外な展開と影響を見せていくことになり…。


静かに抑制の効いた演出で、これ見よがしな笑わせ場面はありませんが、あえてジャンルに位置づけるならば、コメディと言ってよいでしょう。
それも品の良い風刺と知的な含み笑いをちりばめながら、社会と人間について考えさせられる、上質のコメディだと思います。


これからご覧になる方のためにネタばれは避けますが、主人公チャンスと周囲の人間たちとのコミュニケーションのズレがもたらす微妙な笑いは、とても味わい深いものがあります。
ピーター・セラーズをはじめとした名優たちの落ち着いた演技がそれを実現しています。

いろいろな角度や視点から、この映画を論じることはできるでしょう。
例えばTV社会の風刺、という見方も公開当時はなされていたと思います。
でも、それだけにとどめるには作品が含有するエレメントは多すぎます。本当にいろんな楽しみ方ができる不思議なテイストです。


人間は、個人の絶対性のみで存在するのでなく、周囲の社会との相対性の中で存在しているのだということを、私はこの映画から感じています。
例えば、ハンディキャップという問題を考える際に、どうしてもこの映画を連想してしまうのです。
他者との関係性の中で人間の存在価値が決まるとすれば、人間にとって絶対的なハンデとは何なのだろうか、と。


あまり話題になることが少ない映画ではありますが、一見の価値あり。
不思議な名作です。