「007/カジノ・ロワイヤル」2006

kaoru11072006-12-29

06年最後の劇場鑑賞作に見込んだ期待は裏切られませんでした。素晴らしい出来栄え。歴代007映画の中で、私にとっては頂点に来ました。金髪碧眼である等々の理由から、ダニエル・クレイグのボンド抜擢には随分ブーイングがあったようですが、劇作のコンセプトが大きく転換しているので全くの杞憂。ラストシーンを観終えた時点で、彼は適役。エンドロールに記された“James Bond will return."の一文に、彼のボンドがまた観たい、と素直に思えるのでした。猛々しく、エッジの立った若きボンド。いや、良かった。カッコいい!
80年代以降、すっかり荒唐無稽な“やや幼稚なビッグスケール・アクション映画”と化した007。途中何度か行われた“原点回帰”という肉体アクションへの傾倒も、その次作ではまた逆戻りを繰り返し、「まあ、ボンド映画って中学生がポップコーンつまみながらワイワイ観るのに丁度いいよね」ってノリになっていた訳です。だから今回の原点回帰も、またいつか来た道だろうと思っていたのです。
ところがどっこい。今回はやってくれました。思いっきり方向転換です。荒唐無稽といえる大枠の設定はそのままですが(それがなくなったら007でなくなります)、それぞれのシークエンスで見せるアクションとドラマのトーン&マナーは、見事に大人向け。ハード・アクション・ロマンとしてとても高品質なものでした。これは中学生くらいだと厳しすぎるだろう。30過ぎてやっと共感できるくらいのオトナ感覚です。それが最初から最後まで貫かれていてブレません。渋いカッコよさの純度が高い。これまでのお子様路線はそれなりのヒットシリーズな訳ですから、ここまでテイストを変えてしまうのは大冒険だと思います。しかし、製作者たちはやってくれました。これぞオトナの仕事です。多くの方に刷り込まれている“007映画っぽさ”の低劣な部分が、ズカッと取り除かれています。見かけは似ていても、今までの“シャンメリー”が本物の“シャンパン”になったと思ってください。
ボンドが00ナンバーを得て初めての仕事、という設定で、若く荒削りなボンドの冒険とロマンスが描かれる2時間半。娯楽アクションとしてはやや長めの上映時間ですが、成る程、それだけ描き込みがしたかったのだと納得です。オトナっぽい、とはいえ、ど派手なアクションはテンコ盛りで食い足りないということはないでしょう。それもCGに頼らない、肉眼と肉体を重視した体温の高いサスペンスアクション演出には唸ります。「インディ・ジョーンズ」風コミカル演出は微塵もない。お遊び抜きが潔い。
考えてみれば、ロジャー・ムーアという肉体に期待できない中高年をボンドに据えた時から、このシリーズの変節は始まった訳ですが、今回のクレイグ・ボンドは、その見事な筋肉美でこのアクションのリアルを支えています。だって、全身に生傷の耐えないボンドなんて、初めて観ましたよ。常にボンドは汗ひとつかかず涼しい顔をしているのがパターンになっていましたからね。傷の痛みや薬物の影響を押し隠してカードゲームに挑むボンドの姿に、しびれないオジサンはいないはずです。
加えて、ボンドガールがまた素晴らしい。いつもなら人格を無視したグラビアアイドル系のヒロインで画面に華を添えるお役目ですが、今回は違う。きちんと人物像を描きこんで、ボンドが惚れるだけの人間を彫り込んでいました。脚本にポール・ハギスが参加していることも貢献しているのではないでしょうか。加えて、演じるエヴァ・グリーンが素晴らしい。可憐でセクシー、知的で複雑。こんな女性とパートナーを組んで仕事してみたいものだと思います。その点でもボンドに感情移入しやすいのです。
CMにも使われた、傷だらけのボンドがヒロインに寄り添うシャワールームのシーン。名場面です。まったく新しいボンドのイメージがここにあります。同時代のリアリズムとまっとうなセンチメンタリズムの注入です。
そして、そのボンドへの感情移入が十分なされたところで、クライマックスに向かっての展開になる訳で、最後に迫ってくる切なさに感動しないオジサンもまた、いないはずです。だからこそ、ラストカットが秀逸! そう、それでいいのです。この映画のラストシーンはこれしかありません。極めつけって感じです。
と、言う訳で、私は手放しの大絶賛。中学1年生の夏休みに「死ぬのは奴らだ」を観て、怪獣映画以外にも面白い映画ジャンルってあるんだと気づかせてくれたボンド映画。10代の頃は一生懸命、コネリー・ボンドをTVでチェックして育ちました。そんな思春期を経てオジサンとなった私にとって、今回は素晴らしいリニューアルを見せてもらいました。またこのシリーズを追いかけたくさせてくれたことに感謝します。

ジェームズ・ボンドへの招待

ジェームズ・ボンドへの招待

↑この本の著者は若いですが、なかなか上手くボンド映画の歴史をまとめています。良質の007研究書です。
06年の最後に、堪能できる娯楽作が観られてよかった。年末年始、更新できないかもしれませんが、07年もよろしくお願いいたします。