「選挙」2007

kaoru11072007-06-17

フィルム収録でなくデジタルビデオですので、正確には“映画”と言い難いかもしれませんが、ベルリン・香港はじめ各国の映画祭に招待されていますので、映画の範疇に入れてもよいのでしょう。
今月、渋谷のイメージフォーラムで公開されています。今後順次国内でも公開とのこと。

冒頭のクレジットに“観察映画”と記されているように、本作は明確なドキュメンタリーです。ジャンル的には文化映画に入るのかしら? 
2005年秋の川崎市議会議員補欠選挙に立候補した、山内和彦氏という無名の男性の選挙活動をじっくり見つめ続けた作品です。


実に面白い映画です。勿論、ドラマとしての面白さではありません。

『選挙』という私たちの住む社会のしくみの中で、相当重要なシステムでありながら、深く関与する人とそうでない人のギャップが非常に大きな事象について、その本質のある部分を掴みだして見せてくれたという面白さです。
ドキュメンタリーの醍醐味を久し振りに堪能しました。


こういうものは専らTV報道が取り扱うものとなっていますが、TVはその社会的なメディア特性上、時間をかけてじっくり対象を見つめ続ける演出・描写がほぼ不可能です。
本作のように、まるまる120分間、音楽もナレーションもテロップもなく、対象の傍でカメラを回し続ける行為を観客として共有するメディア体験は、意外と機会がないものです。今回それを体験できました。


写真すべて(c)laboratoryx.us


山内和彦氏(当時40歳)は、例の“小泉劇場”の只中、自民党落下傘候補として川崎市議選への出馬が割り振られます。
自ら公募に応じた政治参画意思と意欲はあるものの、配偶者のさゆりさん共々政治経験はまったくないど素人。
何せ落下傘候補ゆえ、川崎の地に地縁も血縁も無く、選挙告示直前に大急ぎで賃貸物件に移り住み、指示されるままに選挙運動の中心に放り出されます。
映画はそこから開票結果が出るまでの1ヵ月ほどに密着して、彼ら夫婦が経験するものと、彼らを囲む人々の言動を観客の前に詳らかにしてくれるのです。


これは本当に興味深い社会勉強であり人間観察です。
あの選挙事務所の中では一体どのような人間模様が展開しているのか? “組織選挙・どぶ板選挙”とは何なのか? 政策を語ることと、名前を連呼することと、どちらが選挙の本質なのか?
映画は、言葉で批評することを一切行わず、カメラが捉えられた断片を提示して観客の判断に委ねようとします。

当然、撮影も編集もひとりで担った想田和弘監督(山内氏の大学同期)の批評は加わっている訳ですが、それでも私たちは川崎市で行われた関係者の営みを、淡々と共有することができるのです。


前半は、私たちの想像の届く範囲内の描写を見つめ続けている感じなのですが、後半の展開が抜群に面白い。

詳細は観ていただくべきなのでここで紹介することは避けますが、私たちは、山内氏とさゆりさんの置かれた状況にカメラを通して添う状態になり、彼らの味わう不条理と理不尽の一部を共有します。
そのゾクッと来る切実さと滑稽さ。ある程度社会人経験を積んだ人間であれば、彼らのストレスを疑似体験できると思います。

私はさゆりさんが“山内の家内です”と言葉を発する際の心情に、心動かされました。


加えて圧巻なのは、物語ならクライマックスといえるような展開に来て、カメラは肝心の山内氏から離れてしまいます。離れざるを得ないし、離れても物事が進捗していくという事実を捉えているのです。
これぞ、映像ドキュメンタリーの持つ凄みと言えます。いや、参りました。

ここまで来ると、選挙の結果がどうなっても、もはや構わない実感に至ります。


記録映画というものの持つ魅力を堪能できる「選挙」。騙されたと思って観て頂いても、損はされないと思います。