「22才の別れ Lycoris―葉見ず花見ず物語」2006
大林宣彦の“大分+伊勢正三”モチーフ作品第2弾。昨年の東京国際映画祭の時は気づきませんでした。本日、テアトル新宿の公開初日。初回上映を観るなど初めてのこと。上映終了後に舞台挨拶あり。
大林監督と主演の筧利夫だけかと思ったら、とんでもありませんでした。清水美砂も峰岸徹も村田雄浩も根岸季衣も窪塚俊介も、もちろん、ダブルヒロインたる新人の鈴木聖奈に中村美玲、そして「正やん」こと伊勢正三そのひとまで。豪華絢爛たる最新版大林一家の揃い踏みではないですか。これで入場料だけなら安いものです。
物語同士は何の関連もありませんが2001年の「なごり雪」に続く連作の形をとっています。前作同様、大分(今回は津久見)を故郷に持つ中年男がふとしたきっかけから若き日の儚く切ない日々に想いを巡らせる物語構造。
「なごり雪」の主人公は三浦友和演ずる50歳でしたが今回は筧利夫演ずる44歳。故郷津久見の高校を出て東京で大学生活を送りそのまま就職。その後紆余曲折を経て福岡市内の支社勤務だが、それなりのポジションと経済力は得ている存在。そんな彼に、援助交際を持ちかけてきた不思議な女の子がいた。21歳のその子は“田口花鈴(かりん)”と名乗った。その名には、彼の秘めた思い出を呼び覚ます何かが秘められていた・・・。
前作に引き続き、非リアリズムに徹した演出。台詞回しのみならず、映画後半に物語が一応の落ち着きを見せるまでは徹底して不安定なカメラワークと、心地よさの中に違和感を与え続ける劇伴演出。映像の魔術師と呼ばれた頃の大林流テクニックが執拗に展開していきます。とはいえ、謎解きのミステリー趣向は殆どなく、本作の主題がそんなところにはないことは早々にわかります。加えてセクシュアルな台詞が散りばめられる割には、おそろしくプラトニックで禁欲的な恋物語にどっぷり浸ることができます。
30歳代以上なら誰もが懐かしさを感じる風景の中、思春期・青春期の制服姿や自転車通学、大切なプレゼント、雨にぬれた別れ・・・そうした感傷的な記憶の再現が散りばめられます。これぞ、大林ワールド。まさに大林ワールド。
・・・正直に告白します。私にとって本作は今年のベストになります。それはもう理屈ではありません。おそらく本作より優良で芸術的で文句のつけようのない映画はあると思います。でも、本作は私自身を、私自身の中にある最も柔らかい部分を抉ってきたのです。それは痛くもありながら、どこか心地よくもあり、合理性や論理性を超えてしまった、“まるで私自身のために存在している映画”だと思えるのです。極めて個人的な映画体験という訳です。
今回の作品は、大分:津久見と臼杵のみでなく、福岡市ロケがふんだんに盛り込まれており、それも私の個人的記憶を刺激して止みません。まして、筧利夫と同学年の私にとって、「22才の別れ」という歌は思春期の情感を彩った一曲です。
もっぱら若年層消費に向けたマーケティングが全盛のこの日本において、40代をメインターゲットに置いたメンタリティの映画を平然と突きつけてくる大林宣彦という映画作家の凄さを、改めて感じずにはいられません。まったく参りました。
美少女の描写が少し抑制気味かと思わせておいて、ラストシーンの展開にしっかりと美しいシーンを持ってきています。臼杵の“竹宵”の幻想的な景色の中、フォークギターの切なく美しい爪弾きをバックに、鈴木聖奈と中村美玲演ずる世代の異なる少女の透き通るような美しいワンシーンが用意されています。このような美しさに資するためだったら、人間はきっと、真摯に生きることを諦めないと思います。
当日、大林監督から以下の趣旨の発言がありました。“「なごり雪」「22才の別れ」と撮ってきた。本作が好評なら3部作という声も出てくる。そうしたいという希望を持っている”と。個人的には「君と歩いた青春」で、と期待したいところです。