「西部戦線異常なし」1930

恥ずかしながらレマルクの原作を読んだことがありません。中学高校の教科書にはほぼ必ず記載があり、粗筋からラストシーンに至るまで解説されるのが常なので、直接手にとらずとも…。という気分で何十年も経過していた訳です。従って第二次大戦前のハリウッドで製作されたこの映画とも向き合わないままでした。第一次大戦のドイツ兵が主人公ながら英語名に英会話で撮影された、ハリウッドらしい大作。それでも尚、アカデミー賞を圧勝した質量のすごさ。80年近く前の映画と侮るなかれ。既に戦場映画のエッセンスがすべて描かれていました。

西部戦線異状なし [DVD] FRT-003

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第一次大戦時のヨーロッパ、そこで人類は近代兵器を用いた総力戦の領域に踏み込みました。そこにはもはや騎士道の存在余地はなく、英雄譚を思い描いた少年たちは容赦ない不条理の淵でもがき続けるしかない。この原作が何故歴史上の名作の地位を動かないのか、この映画はそれをわかりやすく示してくれます。例えば砲弾が炸裂する中での塹壕戦。そこにはヒロイズムの欠片もなく、ひたすらに肉体の破壊が累積されるという事実のリアリズム演出(鉄条網にぶら下がるひとの手首というショット!)。例えば、補給や兵站を軽視した人海戦術という総力戦の現実のやりきれない描写。戦場をミクロ視点で観れば、そこでは勝敗すらどうでもよくなってしまう。人間の生きている権利が消滅する危機を、ここでちゃんと映画は訴求していました。この10年後には、日本兵が追い込まれた過酷さの一端は、もう劇映画になっていた訳です。

戦場における悲惨をこれでもかと描き続けるのみならず、本作は銃後の市民がそのリアルを感じていないという残酷なギャップを正確に描き貫いています。そこに普遍的な価値を感じます。非戦闘員を巻き込んだ大規模爆撃(核使用を含む)まで手を染めた第二次大戦で、その認識が少しばかり動いたとはいえ、この問題は延々と人類を悩ませ続けています。ベトナムでもイラクでも、若き米兵達と母国の家族達は、そこにこそ大きなストレスを抱えているのではないか? 9.11.まで米国市民は戦場の悲惨を実感することは事実上なかったのです。ハリウッドが鳴らしていた警鐘も、結局は物語の中のことだったのでしょうか。
レマルクが描いたこの戦場の真実に心打たれながらも、人類はより巨大な総力戦、第二次大戦に進むしかなかった。現代の我々がそれほど進化できたとも思えないのです…。