[カ行/洋画]「告発のとき」2007
監督デビュー作「クラッシュ」2004でアカデミー作品賞&脚本賞を奪取したポール・ハギス。その監督2作目の邦題はあまりにもセンスを欠く。しかしこれは、静謐で芯のしっかりした社会派の良作です。配給担当者は作品を観て邦題を考えたのだろうか? 原題は「エラの谷で」。巨人ゴリアテを倒した小さな英雄ダビデ王の物語の舞台がエラの谷。この英雄譚は本作のセリフの中に仕込まれていますが、多重的な意味合いをテーマとして乱反射させています。そんな知的なシナリオと演出術が素晴らしい。
志願兵したイラク派兵からの帰還後に失踪した息子。彼を探す元職業軍人だった父。やがて無残な姿で発見された息子。父は管轄の女性刑事と共に真相を追う。トミー・リー・ジョーンズの寡黙さと有無を言わせぬ豪腕が、父の哀しみと怒りを照射する。しかし、その感情はクライマックスに至って複雑な内省と迸りへと転じていく。このシナリオ術と演出編集の技量には舌を巻きます。ジョーンズ氏の演技とテーマ訴求は「ノーカントリー」2007同様ですが、明らかにこっちが素晴らしい。若くない働く女性としてのリアルを背負ったシャーリーズ・セロンのサブキャラもシャープ。余談に流れすぎず作品世界を豊かで地に足の着いたものにしてくれている。毎度のことながら、この美女は役の中に自分を埋め込むスタイルを徹底してます。モデルあがりの女優なら、まず自分ありきで商品力を担保するものでしょうに、彼女のポリシーを感じます。
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イラクに赴いた米国の若者たちは、決して英雄ではない。では可哀相な被害者なのか? そう納得することも簡単ではない。では、国際政治情勢のパワーバランスを考察し全体を俯瞰して銃を手にしたのか? 誰がこんな不条理の首謀者なのか? その答えも単純には導けない。何かがおかしい。どうすれば良いのかを端的に理解判断できる大人もいないのだ。そんな複雑で曖昧な混沌を、簡単に断罪できる人間を私は信用できません。人間はそんなに合理的な存在ではないです。私たちは、近代文明社会の行き止まりに生きているのかもしれません。そこで悲鳴にも似た救難信号を発し続けているのかもしれない。ポール・ハギスの人間描写は、エンターティメント映画シナリオの職人芸の中に、深い問題意識を鋳込んでいくスタイルと知りました。