「男たちの旅路〜廃車置場」1977.2.5.

おそらく私の思春期後期〜青年期に、最も影響された作家が山田太一でした。
例えば、30年前にNHK土曜ドラマとして放送されたこの作品も、今の自分の意識の奥底にしっかり横たわっているようです。もう30年も経過しているのにです。それほどにインパクトがあったということです、自分にとって。


男たちの旅路」は、山田太一のオリジナル脚本によるTVドラマのミニシリーズ。1976年に放送された最初の3本の後、77年・79年・82年と断続的に制作され合計13本に至った傑作ドラマでした。『廃車置場』はその4話目にあたる作品。

男たちの旅路 第2部-全集- [DVD]

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東京の中小規模の警備会社を舞台に、特攻隊生残りという戦争の影を背負った鶴田浩二(吉岡指令補)を軸に、当時の若者世代として水谷豊(杉本陽平)・桃井かおり(島津悦子)、中間世代としての柴俊夫(鮫島壮十郎)が意見を対立させながら絡む非常に個性的な社会派ドラマが展開します。

この「男たちの旅路」の特色は大きく2点。
ひとつは、俳優鶴田浩二の現実のプロフィールを思い切ってフィクショナルな人物設定に混じり合わせ、吉岡指令補という主人公像とその主義主張に、当時として極めて印象的な強い個性と説得力を持たせることができた虚実ない交ぜのTV的成果でした。
もうひとつは、その吉岡なる個性的な中高年像の主義主張を前面に出した上で、それに他の世代や他の価値観の感覚をぶつからせるディスカッションを、常に展開の要所に配していること。それによって、極めて硬質で知的な魅力に富んだドラマ世界を構築できたのです。
そう記すとお堅いだけのお説教めいた作品のようですが、平易でサスペンスに富んだストーリーに工夫がある上、前述の役者たちの個性的で色気に富んだ演技と表情が素晴らしく、「理」と「情」が絶妙なバランスを保ち、放送当時の社会状況にきちんと根ざした奇跡的な傑作になっていたと思います。

特にこの『廃車置場』というエピソードは“組織の現場での仕事のあり方”をテーマにしており、結構な年齢になって見直してみても、何かしら自分の状況やスタンスについて考えさせられるものになっています。


例えば“仕事を選ぶ”とは何か?
自分が活き活きと働くために、無意味だと思える仕事や正義を感じられない仕事には就きたくないという主張が描かれます。
警備会社の中途入社内定を得た鮫島(柴)という男は、前職で不本意な社命を遂行したことで他人を不幸に陥れた事に傷つき、転職にあたっては「上司の業務命令に絶対に従う」という就業規則を飲まないという条件を会社に出します。それを聞いた吉岡(鶴田)はその条件を飲み、彼にのみ警備先を選択させる自由を与えます。
当然ながら他の社員たちの不平は募り、複数の社員たちが吉岡に異動希望書を突きつけてきます。そこでの吉岡と社員たちの対話にはインパクトが大でした。

社員たち「彼(鮫島)が仕事を選べるのであれば、当然自分たちも同様のはずです。だから希望を聞いていただきます」
吉岡「仕事を選びたいと言ってきたのは彼だけだから特別扱いしている。君らとは違う」
社員たち「そんなことを言ったら採用されないと思ったからです」
吉岡「彼もそう思った。その上で主張してきたんだ。独りで悩んで、リスクを承知で希望を出してきた人間と、他人が成功したからと尻馬に乗ろうとしてくる君たちとは根本的に違うんだ!」

さらに物語は展開し、鮫島と杉本(水谷)の夜間警備先のフェンスの向こうで強姦事件が起きてしまいます。二人は異変には気づいていましたが、担当している警備範囲内をチェックした結果、それ以上の追求を止めていたのです。それを知った吉岡は猛烈に叱責します。

吉岡「それが仕事を選びたいと言った人間の行動か? 何故仕事の範囲などにこだわった。女の悲鳴を聞いたのなら、フェンスの外まで出て何故確かめない? そんな時は担当範囲なんかはみ出すのが人間だ。それが人間の仕事ってもんだ! 範囲なんかはみ出せ!」

さらに一筋縄で行かないことに、吉岡の叱責に動かされた二人は翌日から担当範囲外まで警備を行いますが、その間隙をついて犯人は今度はフェンス内で犯行に及び、結局警備会社は契約を打ち切られ、二人は減俸の上停職まで食らってしまいます。さて、その結末は、という面白さです。


放送当時は高校1年の3学期だったはずで、その後再放送を見たのは社会人になって8年目くらいだったでしょうか? でも、上述の「仕事の範囲などにこだわるな」といったメッセージは、ずっと意識の下にもぐりこんで自分を支配しているような気がします。
どうやらそんな同世代はほかにもいたようで、04年に亡くなった野沢尚氏も、「男たちの旅路」のような世代間ディスカッションドラマが書きたくて「反乱のボヤージュ」を書いた、と言われていた事を思い出します。

こういう組織と仕事のあり方に悩む人間のドラマは、なかなかストレートには出てきにくいものです。近年の代表例では「踊る大捜査線」ということになるのでしょう。大人のための硬派なドラマ、大事にしたいものです。