「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」2001

kaoru11072007-07-22

キネ旬から「BSアニメ夜話vol.5」が発売されたので早速購入。映画の内容を反芻しています。

この10年で公開された日本映画の中でも出色の出来栄え。

お子さま向けギャグアニメの劇場版でありながら、そのモチーフとテーマの今日性と切り込みの鋭さは極めて知的でシャープ。面白おかしさの裏側を戦慄が裏打ちしている描写の厚み。観る者が自らの人生を重ね合わせた上で感動を味わうことができる共感性と親和性の高さ。極めて高いレベルで表現の調和がとれていて見事です。

写真はすべて(C)臼井儀人双葉社・シンエイ・テレビ朝日 2001

ちょっと下品でお馬鹿な5歳児しんちゃん(野原しんのすけ)は、父ちゃん(ひろし)・母ちゃん(みさえ)・妹(ひまわり)と一緒に埼玉県春日部市の一角に住み、今日も今日とて馬鹿馬鹿しい日常を過ごしているが、最近父ちゃんと母ちゃんの様子が少しおかしい。市の郊外にできたテーマパーク『20世紀博』に夢中のなのだ。
このテーマパークは1960年〜70年代の日本の暮らしの風俗やアミューズメント満載の場所で、大人たちにとっては子ども時代の楽しさにどっぷり浸れるからだ。我慢してついていく現在の子どもたちにはあまり面白くはない。しんちゃんの仲間たちも「懐かしいってそんなにいいものなのかなぁ」という感じ。やがて大人たちの『20世紀博』へのはまり具合は常軌を逸し始め、彼らは遂に子どもたちとの暮らしを放棄しテーマパークへと姿を消した。

なんと『20世紀博』は謎の組織イエスタディ・ワンスモアの陰謀の拠点であり、現実の21世紀に失望した彼らは未来への希望に満ちていた20世紀に日本社会を戻してしまおうと画策していたのだ。かくて、ノスタルジーの居心地の中に閉じこもろうとする大人たちと、現実の家族を取り戻そうと願う現実の子どもたちとの、馬鹿馬鹿しくも壮絶な戦いが始まった・・・!


よくもまあこんな設定とストーリーを思いついたもので、その独創性には頭が下がります。
「ALWAYS三丁目の夕日」が一昨年人気を博しましたが、本作はとっくの昔に昭和ノスタルジーの存在を見据えていたのです。しかも、単にその頃の暮らしの良さを見直す、といった表面的な把握ではなく、ノスタルジーを超えて現実を生きる意味と意義を掴むことをテーマに据えているのです。

つまり、私たちは(大人は)ノスタルジーを背負って生きているし“昔は良かった”的に懐かしむこともある訳ですが、それがあるレベルを超えた時に現実逃避となり、過去に閉じた人生を選択するに至ります。みんなそんなバランスの上で生きていますが、それは子どもを産み、家族という次世代につなげていく生き方に踏み込んだときにより明確になっていきます。そう、大人は親になって初めて子ども時代と訣別するのです。

「クレヨンしんちゃん」はギャグアニメでありホームドラマです。その意味で「サザエさん」や「ちびまるこちゃん」や「ドラえもん」と同じ物語世界の構造を有しています。
本作は、その世界において“親が子どもに退行する=子を捨てる親”という現実社会に潜む危機感をビジュアル化して見せているのです。その視点から、本作の本質を“ホラー映画”である、と指摘している方も少なくありません。その視点に立つコンテンツとしては、「ススムちゃん大ショック」という永井豪の短編マンガくらいしか私には記憶がありません。

クレヨンしんちゃん映画大全―野原しんのすけザ・ムービー全仕事

クレヨンしんちゃん映画大全―野原しんのすけザ・ムービー全仕事

そうしたノスタルジーを梃子にした子捨て物語でありながら、本作はそこから見事な展開を魅せてくれます。ノスタルジーの素晴らしさを知った上で、尚且つ現実の家族を生きること、世代を紡いで生きていくということを選択する勇気と価値の賛歌へと、クライマックスの構造を構築していくのです。


テーマパーク最上階の塔から全国民を懐かしさに退行させる“匂い”を解放しようとする敵の首領(ケン&チャコ!)と、それを阻止して家族の絆を取り戻すべく鉄塔を駆け上るしんちゃんというクライマックスは、アクションとテーマが渾然一体となった稀有なシーンとなっています。そして、そんなしんちゃんたち家族を連れてテーマパークを突破しようと奮闘する父:ひろしの葛藤! 彼は家長としての自己を肯定し貫きたいと思いながら、ノスタルジーの魅力と魔力についつい捕りこまれそうになります。それを振り切る心情のなんと共感あふれることか。


加えて、中盤に、子ども向け映画としては極めて珍しい数分間の名場面が存在します。音楽のみで台詞が一切ありません。
父親ひろしがノスタルジーに閉じた自分から現実の父親に帰還する一連のシーン。家族を持つ常識ある大人であれば、胸を衝かれないではいられないはずで、実際劇場内で多くの大人たちのすすり泣きが聞かれていました。決して嘘などではありません。


・・・と、本作を語れば誌面はいくらあっても足りません。この映画の翌年に公開された「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」も、超本格時代劇&大悲恋映画としての傑作でしたが、それについてはまた別途記したいと思います。


本作を監督した原恵一氏の新作が、久し振りに公開されます。私は楽しみにしています。


(C)2007木暮正夫/「河童のクゥと夏休み」製作委員会

河童のクゥと夏休み」7月29日公開です。
http://www.kappa-coo.com/

原監督が、20年も温めてきた企画とのことで、どんなヒューマンなドラマを見せてくれるか、私は心待ちにしています。